第26話 ありがとう
「よし!準備完了!」
先ほどのできごとから一時間後。
私たちは無事にみんなで夏野家のリビングのソファに座って、ふうなに顔を向ける。
「ふう、いいよ。おねがい」
私がいうと、ふうなは一度息を吐ききってから吸いなおし、話を始める。
まずはふうの、どうしてあの場所にきたのか、という話から。
「今日はね、私が夜ご飯当番で……」
「ころ?ころぉ?夜ご飯できたよ?」
おかしいなぁ。返事がない。
8時になったらすぐ来るのが我が家の決まり。
いつもはリビングで宿題するのに、最近はいないし。
ふっと一つの可能性が頭をよぎる。
「まさか、誘拐!?」
うちのころはめちゃくちゃに可愛いからね!こうしちゃいられない!確かめなきゃ!
フライパン片手にダダダッと階段を駆けのぼる。
自分の部屋を通り過ぎ、ころの部屋のドアをノックする。
「ころ?入るよ。」
呼びかけにも答たえてくれない。さーっと血の気が引いていく。
ガチャ
ノブを回して恐る恐る足を踏み入れる。
いない。いないよ!
「ころっ!?どこにいるの!?ねぇ、ころっ、返事して……!」
私はもう半泣き状態だ。
どうしたらいい!?警察に捜索届!?家政婦さんに連絡する!?
『ふうな。落ち着け。』
「わかってる!でもこの状況、パニックせざるを得ない__?」
なに、この、声。聞き間違い?今だれかの声が聞こえた気がしたんだけど。
なんだろう。どこかで聞いたことのある声。大切な人の声。
昔、だいぶ昔によく聞いた、あの声は……!?
「お父、さん?」
なんでお父さんの声がするの?これは頭の中で流れてるの?
お父さんは亡くなったんだけど……。まさか、幽霊とか!?
バッと顔を上げた私の目に映るのは、ころの姿見鏡。
その中に傷だらけのころなが、見えた。
そう、見えたんだ。
驚いて目をこする。じーっと見直すけど、見間違いでもない。
何者かに必死で立ち向かってるころなと、一緒に動いてるその友達がテレビのように映ってる。どういうことなの?
「まぼろ、し?ゆめ?なに?」
と、ころながむかってきた剣の群れをギリギリでよけた!でも第二陣の剣を黒い服の子供が放って……!?
「ころ!?」
必死で姿見の方に駆け寄って、触れた瞬間、暖かい光が鏡の中に渦巻く。
その光は鏡を抜け出して、私の中に入ってくる。
さっきまでの不安がさらさらと洗い流されて、この光は悪いものじゃないって思った。
そのまま目をつぶって、気づいたら鏡の中の、ころがさっきいた場所に立っていた。
ファンタジーすぎてよくわからないけど。もし、ころが危険な目になってるなら。
私は動く。できることをする!
『ころな、ふうな。』
お父さんの声がまた聞こえた。今度は絶対空耳じゃないよ。もう、現実だろうと何だろうと、かまわない!
決心をして、走り出す。
「だめぇぇぇぇぇ!!」
お願い。剣。曲がって!ころなをそれて!
じゃなきゃ、私を身代わりにしてころなを助けて__!
「って思ったら虹色のぐるぐるしてる光みたいなのが出てきて、気づいたら剣が跳ね返ってたの。」
あっけらかんと語り終えるふう。
いや、跳ね返ってたのって……。そこが知りたい点なのですが?
「……ねぇ、もしかして、なにか紐みたいなもの、持ってない?虹色の綺麗な紐。」
美零さんが突拍子もないことを言い出した。
え、それって空紐のこと?
「もしかしたら、よ。月の空使いがいたんだもの。虹の空使いがいるかもっていう仮説は容易に立てられる。」
「なるほど。それなら「光の屈折」で剣が跳ね返ったのにも説明がつけられるな。」
た、たしかに!それだったら一緒に空使い、できるってこと!?
だったら姉妹で一緒に特訓できるしっ!今よりもっと仲良くなれるかもだしっ!
そんな私のふくらむ妄想と期待をよそに、
「紐?なにいってんの?そんなのないよー。」
そういって左手を振る、ふう。
手首には……何もない。
それじゃ、ふうが虹の空使いだって線は消えたのか。
残念。姉妹でやれたら、楽しかったのになぁ。
「ちょ、なにみんなしおれてるの!?紐があったらよかったの!?」
一人だけ、大慌てしてる。それを見てたら微笑ましくなっちゃった。
さっきシスコンとかなんとか言ってたけど、やっぱりふうってかわいいよね。
「さすがころなの親戚って感じだね。」
「そのパニックぶり、ころちゃんと全くおなじだぁ。」
「えぇ!?二人とも、私ってこんなになってるの!?」
知らなかったよ……。パニック体質な自覚はあったけどそうなる度にこんな感じになってたんだ……。
「ちょっと、なによころ。それ遠まわしに私の悪口言ってない!?」
いってるわけないじゃん!
と、言う代わりに。
グルグルキュー
間抜けすぎる音を立て、私の腹の虫が吠えました。
そういやお昼はご飯手つかずだったし、今はまだ夜ご飯食べてなかったっけ……。
「あ……はは。お腹すいてたみたい……。」
いいながら顔から火が出るんじゃないかってくらい恥ずかしくなってきた。
そのあとみんなに笑われて。
ふうが「夜ご飯、明日の分もつくってるからみんなで食べよう」って言ってくれたから、私たちの秘密の話は、食べながらすることになった。
みんなの親に連絡をとって、オッケーをもらってからだけど。
ご飯の準備をするためにキッチンへ向かう。
でも、足が進まない。息が苦しくなってきて、不自然じゃないように洗面所に駆け込んだ。ドアのカギをガチャリとしめてため息をつく。
洗面台に手をついて、体を支えた。
ふうが虹の空使いだったら一緒に戦えたし、秘密も共有できた。お父さんはまだ生きてるって、そうでなくてもお父さんの思いがまだどこかにあるという可能性もあった。だけどそれはない。気分がどうも下がっちゃう。
今の私、すごく暗い顔してるんだろうなと思うと、正面の鏡が見れなかった。
「ころー。醤油持ってってー」
「あ、はーい」
パシッと両手でほほをたたく。
そうだ。
大切にしたいと思えた一生分の友達、思いがけないお母さんとのつながり、自分の命を捨ててでも守ろうとしてくれた妹。これまでの短い間で私はいろんなものをもらってる。
これ以上何を望むっていうの?
暗いなんて私らしくない!
下がり気味だった口角を上げてドアをあけ、ふうを手伝いに走る。
「おまたせ。なに、を………。」
ふうが高いところの醤油に手を伸ばしていた。
一瞬、心臓が止まった。
ふうの長袖のカーディガンがめくれて、ひじに近いところに私のよく知ってる紐と結びが見えた。
思わず声を上げそうになった私に、ふうが気づいて、人差し指を口に当てて、かんぺきなウインクをする。
それを見て、すんでのところで叫びを飲み込んだ。
口の動きだけで「ひみつだよ」と伝えられる。
みんなはまだリビングで話し込んでて、こっちには気づいていない。
手の震えをむりやり抑え込んで、渡された醤油入れをぎゅっと握った。
神様。
これは何の真似ですか?
こんなことしていいんですか?
神様。
もう一つ、お願いを聞いてくれるなら、この時間を一分一秒でも長くしてください。
わがままだけど、いつかあいつの上とも戦わなきゃいけない時が来るけど、こうやって笑い合える時がなによりの幸せなんです。
神様、じゃなくって、みんな。
もうほんと、ありがとう。
大好きだよ。
明日も天気になーれっ! 高森あおい @takamori-ao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます