6
「たふぁいま……」
玄関帰宅後、開口一言目よりも先に使い物にならなくなっていたスマホの充電に手が伸びていた。
欠伸混じりで、義理で扉をくぐってもいい加減に誰もいないとでも言わんばかり我が家は静まり返っている。リビングに腰を落ち着けさせてから、「姉貴ー」と声に出してなんとか返答を待っていたが、奥の襖から寝惚け眼の黒髪の化け物が出てくるよりも先に、ソシャゲのログインの方が先に終わってた。
「ぁああぁぁ……よーやく、翔くん帰ってきたよぉ……心配したよぉ? おねえちゃんを一人にして、どこに行っちゃったのかなぁってずっとおもってたんだよ」
「悪い。たまたま俺と同じクソエロゲーを引き当てたダチと駄弁ってたら夜が更けこんじゃってな」
「ほんとー?」
本当だっての、と。上目遣いでこちらをちろちろ伺ってくる姉貴の視線にそっぽを向く。
いや、ほんと、嘘じゃないっての。一応本当だっての。
ミムがエロゲーのキャラで打線を組んだら、たまたま俺の守備範囲に引っかかって小一時間ほど話し込んだだけだ。
そのあとは、例によって事件の調査ではあるが。
「だってさぁ、翔くん最近、ずぅぅぅっと夜遅いもん」
「毎夜毎夜、たまたま気が合うエロゲーダチが集まってくるんだよ、心配すんな」
「いや、それ別の意味で心配しちゃうんだけどぉ!? なに、翔くんはエロゲーマニアを引き寄せる病気にでもかかってるのぉ!?」
「人をゴキブリホイホイみたいに考えるな」
「むぅぅ」
ソシャゲのデイリーミッションを消化しつつ、台所の取っ手棚の中から、大量に詰め込まれたカップラーメンのうちのひとつを取り出す。あらかじめポッドで沸かしていたお湯をぶっかけ、かつ片手間で目玉焼きも作ってみる。姉貴がじろじろこっちを見ているということは、腹でもすかしているのかもしれない。
かと思っていると、眼が覗き込んでいるのは俺の心の中の様子だったようで。
「———もしかして、おんにゃのこ?」
「ふぁッ!?」
突き刺すような一言に、フライパンの上空に黄色い塊が放り出される。
そのまま黄身がぶっ潰れてはしたものの、鉄板の上に再度着地する。同時に、猜疑の色が濃くなる姉貴に、俺は仕方なくその目玉焼きをよこしてやる。姉貴は妙に冴える生き物なので時おりエサを与えて知能行為を停止支える必要がある。
だけれども、今回も姉貴は食べ物に手を出さず、いかんせんジト目をこちらに向けたままだ。エサで釣れたのは所詮七年前までの話で、成長した姉貴に俺はもうかなうはずもないらしい。
けぇ……。ほんと弟って立場は世知辛い。
ここまで押し込まれちゃ、言い逃れは少しばっかり苦しい。
でも、特段姉貴に言っちゃいけないような理由もないし、誰かに告げ口できるはずもないんだから、別にいっか。
「いや、ちょっとダチの探偵ごっこに付き合っててな」
「へぇ~? それがおんにゃのこ?」
「ちげーよ! ……たぶん」
「へ?」
「いや、男だと思う! 思いたくないけど!」
「いやいや、なにそれどうゆことぉ!?」
「いいんだよッ、とにかく恋愛的とやかくエトセトラじゃねえッ! 相談事乗ってんだよ、ただ普通の純粋な相談ッ」
「わ、わかったから……」
うわ。姉貴が初めて、俺の剣幕に押されて引いた……。どれだけ今の俺必死だったんだよ。
相談内容は姉貴に聞かれたって別に痛くも痒くもないが、流石にミムとかいう存在にまで言及されるといい加減に俺の立場が怪しくなる。ミムが目に見えない存在である以上、あんまり姉貴と関わらせたくない。
有象無象の雑言でミムの存在を隠し、「とにかく」と啖呵を切ったうえで相談内容を説明してみる。
「いや、そのダチ曰くな、俺はどうやら誰かにものすごく呪われてるらしい」
「んー……うん?」
「あー、うんやっぱそういう反応されるよな、うん知ってた知ってた」
「なにその翔くんのお友達、霊媒師かなにかなの? だったら私のことも占ってほしいなぁ、私けっこう霊感あるんだよ?」
「俺のダチの方に興味を持つなばーか! 聞いてほしいのは相談内容のこった!」
「はいはーい、わかったよぉだ」
相槌こそ適当に促した姉貴だったが、流石は自称弟思いの姉らしい。一般家庭なら、まず精神科にダチ共々送り出されるであろうこの内容を、すっぽり姉貴は受け入れた。
というか、姉貴の霊感うんぬんとか自分語りするあたり、心当たりがないわけじゃないのかもしれない。
というか、俺も答えはすでに出ていた。ミムも、きっとその子が原因だろうといっていたわけだから間違いはない。どっちかっていうと、姉貴の反応が見てみたいがために訊いてみたわけであって、ここで例の名前が挙がったなら、姉貴に探偵職に就かせてみようと思う。
「うん、まぁ。たぶん、あの子なんだろーなー」
「ほぅ。んで、誰ですか、そいつは」
「
しょーくんが振った、同級生。
姉貴はそう付け加えてから、にやにやと不敵な笑みを浮かべていた。
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