「———圧巻、いや、すげぇ……」


「……じろじろみないでくれたまえ。君はもし、この姿の少女と現実世界で出会ったとしても、同じ真似をするのかい?」


「うん」


「わかった、通報させてもらう」


 どうやってすんだよ。性別も年もよくわからない、ついでに目にも見えない存在から通報されたら警察も困るだろ、どうやって事件処理すんだよ。というか化け物に通報される俺ってどんだけ変態なんだよ。

 ミムの姿は未だにわからない。

 が、眼前に確かにくっきりと輪郭を描き、佇む美少女は紛れもない俺の嫁だった。


「君はやすやすと、この姿の少女を俺の嫁だと宣言しているが、僕は君のことを夫だとは思っていない。よって、君のいっていることは間違いだ」


 俺の知っている嫁とは違い、声色に抑揚の欠片もなく、愛想もクソもない表情だが、確かにそこにいるのは、俺の嫁たる美少女。

 名前をイナミといい、ロリボディなのに膨らんだ胸といい、すらっとした佇まいといい、相変わらずぬいぐるみが似合いそうな風貌だ。少し浅い黒のロングヘアーが、青白い小さな腕にかかり、か弱さを一層協調させている。

 にしても、ほんと職人がかった完璧な見た目だ。スマホの方に保存してあったイナミの画像を数枚見せただけで、プロのフィギュア職人でも再現できなさそうな細微に至る端麗さを見事に描ききっている。

 しかし、イナミの姿に化けた当の本人は、いささか不満そうだ。


「そもそも僕は、君がロリコンだなんてしらなかった。まさか十五幾何もない中学生を嫁だと言い張っていたとは、君はもう少し紳士だと思っていたんだが」


「いやミム、ソレは違うぞ。イナミはR18指定のエロゲーのキャラクターなんだ。R18指定に十八歳以下のキャラクターは登場できないんだぞ」


「……ふむ、となるとこの貧弱な体つきでも、大人として認められるのか、ふむ」


 一転、少しだけミムの雰囲気が明るくなった。水を差すようでわるいので、ミナミは公式から年齢の発表がされていないから、実際は何歳なのかわからないということは伝えないでおいた。

 とはいえ、またたきをする合間にミムの調子はいつも通り、無機質的なものに戻ってしまった。仕事を完遂せんとする、システムに応じるだけの精密機械のような眼差しで俺の方を見やり、口を開く。


「さて。では、どこを一緒に歩きたい」


「……なぁ、ミム。一緒に歩くことだけしかできないのか?」


「当たり前だ。ちなみに、無理やり僕を襲おうとしても無駄というのは分かっているかい?」


「んなもん承知も承知の上の助だってんだ」


 だって俺はさっきから、なんとかイナミの胸に触ろうと必死に手を伸ばしているのだ。いかんせん、感覚として指先に返ってくるものはない。まるで水面に浮かんだ絵に触れるように、虚空に弧を描いて突き抜けてしまって、触れることすら叶わない。

 でも、百回くらいやってりゃ、一回くらい触れるかも。俺は、ミムにジト目調で睨まれている感覚を味わいつつも、歩き出した嫁の胸部に手を伸ばし続けていた。


「とりあえず、ここら辺歩くか。人気も少ないし、他の人に見つかる心配もないし」


 もっとも、見られたくないのはミムではなく、みっともない俺の姿なわけだが。

 廃神社の周囲は裏山の一歩手前の峠のようになっており、しょっちゅう土砂崩れが起こることから、民家は数えるほども存在しない。おかげで広がっているのは、青々と広がる田圃とあぜ道。年季の入り、橙色に点滅する電灯が五十メートルおきにたっているので、薄気味悪くて心霊スポットとして有名なわけだが、まさしく俺は今、霊体のような存在と共に歩いているわけだ。怖いというか、逆にシュールな光景。

 てとてと、とあぜ道を征くミム。イナミはもう少したどたどしく歩くんだけどな、おかげでよく小石につまづくシーンが印象深い。

 一方、ミムは田舎道慣れしているのかどうかしらないが、平気で草むらを掻き分けたり、ゴキブリ踏みつけたり、電柱についている蛾を叩き潰したりしていた。


「あの。もう少し少女らしく、じっと歩けないんスか」


「これでも僕はサービス精神をみせているつもりだ。これ以上大人しくしてくれというなら、会話すらもせず足を動かすこともなく、君の隣を浮遊することになるが」


「なんでそう極端なんだよ、リアルホラーじゃねえかよ!」


 さすがの嫁でも、それは怖えよ! 表情も死んでるし、萌えもクソもありゃしねえ!


「分かった、分かったよ。ミムのまんまでいいよ。幽霊かミムかってんなら、流石にミムの方がまだ可愛げがあるわ」


 まだマシだという意味での話だが。

 ミムは「ふん」と小さく息を吐くくらいで一蹴したが、怒っているような気配はないようで。ムッとした表情のまま前へ前へと、男子高校生たる俺でもなかなか足を踏み入れるのを躊躇うような山道へと入っていってしまった。

 仕方がなく俺も後を追いかける。背景は山の中だし、仕草だとかもはや獣の類だし、病弱ながらも明るく振舞うというイナミの性格の一片すら現れていないが、やはりフリフリ髪を揺らすさまは歩いているだけでも絵になっている。

 これなら、どこへ行こうとも、ホイホイついていけそうだ。

 いや、現在進行形でホイホイ中やんけ。

 豆粒みたいな虫が飛び回り、蚊の羽音が幾度となく交差し、木々にヤスデがびっしりこびりついていたり、———うわッ、イタチ!? ……しかも、死んでるし。

 そもそも、考えてみれば、俺はミムのことよくしらないんだよな。訊いたのは、百円夜行のことだけでコイツのこと自体はなにもしらない。なんか化けて、俺の目の前にミナミとして現れているというだけで、知り合いでもなんでもない。

 そんじゃ、こんなに真っすぐに付いていっていいのか?

 これ、神隠しっていうんじゃね?


「ま、いっか」


 イナミの容姿を目に焼き付けて死ねるなら、それはそれで本望だ。別に大した心残りとかはない。

 それでも内心、いつミムが振り返って俺を襲ってくるのかビビってはいた。同時に、イナミに襲われるとかいう最高のシチュエーションに期待していた。


「……君は何にそんなに怯えているんだい」


「いや、怯えているというか、ゾクゾクしているというか……? いつ、襲ってくるのかなぁって」


「……、君はバカなのかい。そんなことするわけないだろう」


 よって、あっさり期待を裏切られたとき、俺は心底落ち込んだ。なんだよ、俺の至高の妄想の十五分間を返してくれよ。イナミちゃんにどんな言葉を投げかけながら死のうか考えてたってのに。おかげで、淫語だけでできた立派な遺言を思いついたんだぞ。


「……試しに言ってみたまえ」


「イナミちゃんのおかげで、俺は気持ちよくくことができます」


「……、やはり聞いた僕がバカだった――――…むふぃ」


 意外なことに、ミムが一瞬頬を緩ませた。なんだよ、普通にお前笑えるんじゃねえかよ。

 それもやっぱりまばたき一回分くらいで、元の引き締まった表情に戻ってしまったわけだが、それでも、俺のミムに対する印象が書き換えられるには十分だ。やっぱり、コイツは悪いやつではないんだろう。

 襲われる心配がなくなった安堵と共に、無念でもあるが、とにもかくにも俺はミムのあとをついていった。

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