第57話

「ちょっと大物なんですよ。へたすると呪いを返される可能性もありまして」

 ほうほう。なら、相手はあたしと同じ魔術師ってことか? あるいは高位貴族かね? そういったのは、護衛する魔術師が、がちがちに防御を張っているから手を出しにくい。へたに手を出すと呪いが返って、こちらが酷い目に遭う。ま、そういった防御をすり抜ける方法もなくはない。術者の腕次第だ。

「報酬はいくらかかってもかまいません。あと、命を取るという呪いではないので、ご心配なく」

 あん? 命を取らない呪い? 嫌がらせってことか? まぁ、そういった依頼がないこともない。死ぬまで生き地獄を味わわせてやろうって場合だ。ってことは、政敵を亡きものに、ではなく、やっぱり恨み?

「引き受けて下さるかどうかを先にお聞きしてもよろしいですか?」

「理由と相手によるよ」

 スカーレットがそう言うと、オルノは言いにくそうに言った。

「理由は、ですね……ええっと、そう……気に入らないから?」

「気に入らない……どの辺が?」

「顔、ですね」

「顔……」

 顔が気に入らない? 腹立たしい顔? いまいちよくわからない。

「その、まぁ、何となく?」

 そんな説明が付け足された。

「何となくで呪われた相手が気の毒過ぎる」

「正論ですね。結構まともな方ですか?」

「失礼な奴だねあんた、とっとと帰れ」

「あ、いやいや、待って下さい! もっと怖くて、身も蓋もない方だとばかり思っていたもので、失礼致しました!」

 おやまぁ、元皇族が頭を下げやがった。しぶしぶまた椅子に腰掛ける。

「その、理由は……嘘をついたら怒りますよね?」

「それはまぁ。へたすりゃあんたが呪われるかもね?」

「ああ、待って待って! 言います、言いますから!」

 老婆姿のスカーレットがにんまり笑うと不気味だったようで、有翼人には魔術は効かないという事実すら蚊帳の外に放り出し、オルノが慌てて言った。

「気に入らないそうです! 目にした方が綺麗すぎて! 自分より綺麗な者が気に食わないんですよ、あの方は! 性格ゆがんでます! あ、ここは内緒で!」

 綺麗すぎて気に食わない?

「じゃあ、呪いって……」

「ええ、まぁ、そういうことです。醜くなる呪いをかけて欲しいと、そういうわけで」

「ふうん? 誰に?」

「引き受けて下さいますか?」

 こちらの反応を伺うようにオルノが言う。

「相手による」

 一応そう言った。理由がくっだらないので、引き受けないとは思うが。

「大物です」

「ふうん?」

 しばし見つめ合う。中々言いそうにない。

 それだけ呪って欲しい相手が大物ってことか……。んでもってルドラスの公爵家の者をこうしてよこすくらいだから、依頼主もルドラスの高位貴族……皇族か? 皇族で顔の綺麗なゆがんだ奴……あ、そういや、いたな。綺麗な顔が自慢のナルシスト。見た目だけは、そうそう、天使みたいにお綺麗な奴だけど、気に入らない者を容赦なく痛めつけるサディストでもある。

 そこで、ふと、嫌な予感に襲われる。あのノエル・ヤンドゥーラ・アーク・ルドラスが気に食わないと言うほどの美貌をもっている超大物? もの凄く嫌な予感がする。

「……魔術大国ウィスティリア」

 スカーレットがぼそりとそう言えば、オルノの体がびくりと震える。当たりかい! スカーレットは頭を抱えたくなった。オスカー殿下を呪えって? このあたしに? 嫌がらせにも程がある。いっそノエル・ヤンドゥーラ・アーク・ルドラスを呪ってやりたいよ! 呪術を弾かれるから無理だけど……。

「あのう……」

「断る」

 そっけなくそう言えば、オルノとやらは肩を落とし、

「はぁ、そうですよね……無理ですよね、あんな大物……」

 いや、大物だから、じゃなくて、オスカー殿下だから嫌なんだよ! しかも殿下を呪ったってのは、あたしにとっちゃ黒歴史だ。元凶はあのくそ王妃だけどな! なのにこいつは、このあたしがオスカー殿下を呪ったっていう事実を知っている。はよ帰れ!

「報酬は城一つ建つくらいですけど……」

 スカーレットが冷めた目で見ていると、

「きっとこの先、あの方がいろいろと優遇して下さると思うんですが……」

 そんな言葉をぼそぼそ口にする。あんなサディストとこの先関わりたいなんぞ露ほどにも思わない。

「欲しいものとかありませんか?」

 ない。つーか、それだったら多分、オスカー殿下に頼んだ方が確実だ。あのくそったれ皇子は魔術を馬鹿にしているからな。その材料に精通しているわけがない。これが欲しいと言ったところで、何それ? で終わるぞ。あんなのとつながり持っても、百害あって一利なしだ。

 オルノがようよう諦めたようにため息をつき、

「では、拘束させていただきますね?」

 そんなことを言い出した。あん?

「私がここに来たとばれると少々まずいもので、一緒に来ていただきます」

 オルノの連れてきていた兵士達が、スカーレットを取り囲む。

 ほう、そう来たか。思わずにやりと笑う。

 ここだけは貴族らしいんだな。のほほんとしたお気楽なお坊ちゃんに見えるのに。政敵を始末して欲しいと依頼に来た者が、こう出ることもある。あたしの口からそういった事実が漏れるのを恐れた場合だ。

 それだけウィスティリアを脅威に感じているんだろうけど、だったら、こんな間抜けな依頼をもってこなきゃいい。顔が気に入らないから呪えって、どこの馬鹿殿だよ?

 パチンと指を鳴らせば、ふっとスカーレットの姿が消え失せる。

「な?」

「どこだ?」

「どこ行った?」

 スカーレットを取り囲んだ兵士達が、泡を食ったように周囲を見回した。

 別に、どこにも行っちゃいない。使い魔と同じ姿になっただけ。そう、たくさんのカラスの中に紛れたのさ。こいつらも馬鹿だね。使い魔にこれだけ囲まれていながらの宣戦布告。あたしに危害を加えると分かった時点で、使い魔達は殺気立っちまってるよ。可愛い子飼いどもはあたしに忠実で、敵認定した者には容赦がない。

 そうそう、クローズの札がかかっているから、外で待っているらしいお仲間の兵士どもは、ここを見つけられないよ? 援軍は諦めな。精々後悔するんだね、この馬鹿どもが。魔女を舐めるとこうなる。

 兵士達の悲鳴を聞きながら、スカーレットはさっさとその場を後にした。ま、一応命だけは助けてやるから感謝しな。そんな言葉を呟きながら。


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