第16話

「兄上、申し訳ありませんでした」

 帰りの馬車でエメットが私に向かってそう謝罪した。ため息が漏れそうになる。謝って済むような事ではないのだが……。

「処罰は覚悟しろ」

 私が無情にもそう告げると、エメットは目を剥いた。

「賠償金はもう支払ったのでしょう?」

「だからだ」

 イライラと言う。

「金はどこから取り立てたと思っている」

「どこから、って……」

「どこからか降って湧いたとでも思ったか? お前の後ろ盾となっていた貴族達から取り立てたんだ。お前に力を貸していた貴族達は、今回の件で大きく力をそがれたぞ? 勢力図がこの先大きく入れ替わるだろう。結果、どうなるか予想もつかないのか?」

「わかりま、せん……」

「廃太子の可能性もある。覚悟しておけ」

「どうして! 僕は何もやっていない!」

「何もしていないから問題なんだ!」

 ドアを拳で叩けば、エメットがびくっと身を震わせる。

「エレーヌが夜会で何をしたか、お前は見ていなかったのか? その場にいたお前がなんてざまだ! ウィスティリアの王太子に向かって何と言った! 結婚の申し込み? 正気の沙汰じゃない! あれはお前の婚約者だぞ? そしてお前は王太子! 次期国王! 国の代表がこのざまか! 我が国の恥さらしめ! その場で国へ送り返すべきだった! あの非常識娘をとっとと国へ返さなかったお前の失態だ!」

 エメットが顔面蒼白でうなだれる。残念だが今回ばかりはかばう気は無い。王太子の座を明け渡してもらう。そう、国王になるともう決めたのだから。

 国へ帰ってからアルベルトは精力的に立ち回った。

 自分が次期国王となるべく立場を盤石にした。

 貴族達からの支援も取り付け、アルベルトを次期国王にと望む声が高まり、私の存在を無視することが出来なくなったのだろう、約束通りかけられたウィスティリアからの圧力が決め手となったようで、晴れて私が王太子となった。

 オスカー、約束を守ったぞ。

 立太子の儀の最中、私が真っ先に思い浮かべたのは彼の姿だった。

 私が宣誓を言い終えると、歓声が上がる。この場に集まった貴族や兵士達が、こぞって私を讃えてくれたのだ。

「殿下、少々お話が……」

 そう言って、執務室に顔を出したのは、新しく取り立てた妖術師のシリウス・ブランだった。エティエンヌは例の水妖精と破局を迎え、妖術師でいられなくなり、職を辞していた。その理由が、例の水妖精が、オスカーが模したエティエンヌを忘れられなかったから、というのだから笑える。彼を探しに行くと言って飛び出したらしい。偽物には用はないとまで言われたようだ。

 偽物って……アルベルトは少し気の毒に思ったが、自業自得だと思い、引き留めはしなかった。新しい地で上手くやってくれ。そう心の中で思うことにする。妖術師が一度契約した妖精以外と契約することは難しいらしいが……。

 エメットは慣例に則って、いずれ臣籍降下させる予定だが、エレーヌと結婚させる気はさらさら無い。エレーヌは離宮の奥に軟禁が一番だと、そう考える。

 それと、エレーヌのあの異能ギフトも消してしまうとするか……。陛下には内密で、あれに呪いをかけてもらえばいい。それが一番平和だ。

 やはり、妖精に頼り切るこの国の風潮はどうかと思う。徐々にだが変えて行きたい。美醜にこだわるあの価値観も、今考えればぞっとする。人の中にある多くの美点を殺してしまう。オスカーのおかげだろうな、そんなことが見えるようになった。

「乗馬の指導は如何いたしましょう? 兵士達が待っておりますが……」

 妖術師のシリウスがそう口にする。乗馬もまた私が得意とすることだ。自分に指導を受けたがる者が多いので、時折、こうした指導の場を設けている。

「直ぐ行くと伝えてくれ」

「かしこまりました」

 妖術師のシリウスが立ち去り、アルベルトは準備に取りかかった。

 着替えを済ませ、鏡の向こうにいる自分を見つめ返した。今ではこの容姿もさほど気にならない。精悍で男らしい……そう言われれば、そう見えなくもない。厳しい修練を積み重ねてきたせいか、表情にそういったものが現れている。頬骨の浮いた顔も、醜いと言われてきた大きな鷲鼻も、そう考えれば美点になるだろう。

――馬に乗っている姿がとても素敵です。

 部屋を出かけて、アルベルトはそんな言葉をふと思い出す。

 素敵、か……。

 壁にかけられた写光画には、オスカーの隣で微笑む例の婚約者、いや今は王太子妃となった女性の姿があった。微笑む姿が相変わらず可愛らしい。春の日だまりのような笑顔には、今だに引きつけられる。オスカーの呪いが解けたことは、素直に嬉しい。けれど、ほんの少し悔しいと感じるのは、これのせいだろう。彼女を手に入れた彼が羨ましいと、そう思ってしまう。

 もし、オスカーの呪いが解けず、自分がこの手を差し出していたら、彼女はこの手を取ってくれただろうか? アルベルトはそんな風に考え、自嘲気味に笑った。その答えを想像したところで、どうしようもないのだが。

「アレキサンダー」

 アルベルトが呼びかければ、どこにいても愛馬は飛んでくる。嬉しそうに鼻面をおしつけられ、彼はそれを撫でてやった。今日は少しきつめのコースにするか。

 大きな障害を次々乗り越えると、兵士達の間で歓声が上がる。

「殿下、流石です!」

 駆け寄ってきた兵士達が口々にそう褒め称え、

「殿下は私の理想なんです!」

 そんな事まで言い出す者もいた。

 この私が理想? 驚いて聞き返すと、

「はい! 剣術でも馬術でも殿下に敵う者はいません! 俺も是非そうなりたいです!」

 嬉々としてそう言い切った。まだ幼さが残る年若い兵士だ。希望も夢もこれからだろう。

 そう言えば……アルベルトは今まで積み上げてきたものを振り返ってみる。幼い頃から醜い容姿がコンプレックスで、それを跳ね返そうと必死で修練を積んできた。剣術も馬術もその一環で、チェスでも私は負け知らず。ああ、もちろん、城内でという話なので、井の中の蛙ということも十分考えられるが。

 それでもこれら全て努力の結果だ。

 多くの貴族が私に肩入れしてくれるのも、部下の兵士が私に付き従うのも、やはりこれも努力の結果なのだろう。与えられた天賦の才というのもあったろうが、それでも修練を積まなければ、得られなかった結果だ。

 もし、私が美しい容姿を持って生まれていたら、どうなっていただろうな? 今の自分に満足し、ここまで必死で食い下がっただろうか? 疑問だ。甘やかされて育った者は、得てして自分に甘くなる。ここぞというときの踏ん張りが利かない。

 たとえ鉄であっても鍛え上げなければ鋼とならないように……。

 アルベルトは笑った。心から。今の自分で良かったと、今ならそう言えるだろう。


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