第15話

 エメットがウィスティリアを訪問する際、エレーヌも同行するのだと聞かされたが、この時の私は不自然に感じなかった。エレーヌはエメットの婚約者だったから、同行するのは当たり前だと、そんな風に思っていたのだ。

 それがとんでもない間違いだったと知ったのは、あれが事件を起こしてからだ。後の祭りだが、行かせるんじゃ無かったと心底思った。

 何て真似をしてくれた。王太子と王太子妃に薬を盛ろうとしただと? 正気の沙汰じゃない。断頭台に送られなかったのは、ひとえにウィスティリアの温情だ。こちら側に情けをかけてくれただけ。多分、オスカーがそうしてくれたのだろう。だが、二度目はない。そこをきっちりわきまえてもらわないと。

 エメットとエレーヌの二人を迎えに行けば、姿の変わったオスカーが出迎えてくれた。容姿が変わったことは知っていたが、実物を目にするとさらに驚かされる。夢の中の理想像を結晶化させたかのようだった。それが生きて動いていることが信じられない。エレーヌよりもエティエンヌよりも美しい。

「……随分変わったね?」

 そう口にするも、オスカーにはとんと自覚がないようで、

「そう?」

 首を傾げられてしまう。

「ああ。あのエレーヌより綺麗だなんて凄まじいよ、本当」

 オスカーの眉間にしわが寄った。

「そういう台詞は嫌いだね」

「あ、はは。そういうところは変わってない」

 本当にオスカー、君なんだな、アルベルトはそう思う。変わらぬ彼の内面に触れ、やはり懐かしさに胸が詰まる。ようやく会えた、そんな感慨もひとしおだ。

 アルベルトはつと、隣に佇む女性に目を向けた。

 懐かしく甘い感情が胸の内に満ちる。

「お久しぶりです、妃殿下。私の事を覚えていますか?」

 貴族の礼をすると、ふわりとした柔らかな笑みがベアトリスの顔に広がった。

「ええ、よく覚えています。アルベルト殿下が馬に乗る姿は、まるで空を飛んでいるようでしたもの。とても素敵でしたわ。今でも忘れられません」

 本当に彼女は変わらない。彼女の存在は良質の大真珠のようだと思う。

 虹色に輝く良質の大真珠は、その希少性からダイヤよりも高価だ。それくらい彼女の笑顔には価値があると思う。手に入れられなくて本当に残念だ。

「ねぇ、アル。本当にエレーヌ王女を王妃にするの? 止めた方がいいと思うけどね?」

 オスカーの声に現実にふっと引き戻され、顔をしかめた。

 それは私も考えた。頭の痛い問題だ。

「陛下が諦めない」

 半妖精の血をどうしてもあきらめられないらしい。あれがいれば国が栄えると、本気で信じているのだ。こうなってくるともう狂信に近い。エレーヌを側室にし、別の王妃を迎えるよう進言もしたが、陛下が首を縦に振らない。エレーヌが納得しないと言うわけだ。

「ふうん? だったらこっちから圧力をかけてあげようか?」

 オスカーの提案にアルベルトは目を丸くする。

「圧力?」

「そう。あんなのを王妃にするなんて、こっちもたまらない。今回の事件を踏まえて国交断絶をちらつかせれば、少しは考えるでしょ、あの国王も」

 オスカーが首を捻った。

「ね、疑問だったんだけどさ、あの国王が君を王太子にしなかった理由は何? 陛下の独断だって君は言うけど、全然納得いかない。君のどこに問題があったの? 資質も血筋も問題ないでしょ?」

「……エレーヌが私との結婚を嫌がったんだ」

 そう、これが真実だ。そしてエレーヌに選ばれる条件が、ただひたすらに美しいこと。それだけだ。どれほど技能を磨こうとも彼女の目には映らない。美しくなければただそれだけで蔑まれる。本当に滑稽だ。もう笑うしかない。これでは醜いから国王になれなかったと言われたも同然ではないか。

 アルベルトがそう真実を口にすると、オスカーが目をむいた。

「え? 何? ってことは、あのアーパーを王妃にしたかったから、陛下は君の継承権を取り上げたって事?」

「そう」

「何考えてるの! あのくそったれ国王!」

 普通、逆でしょ! と、オスカーが激高する。

「……相変わらず口悪いな」

 どうしても口元が緩んでしまう。いつもの彼を目にして、ほっとしてしまうのかもしれない。やはり彼は彼なのだ、と。

「いや、そこは君が怒る所でしょう。王妃は何て?」

「どちらも実子だから文句無かったみたいだね?」

「……どっちも目が腐ってる」

 オスカーは空を仰いだ。どうしようもないと言いたげだ。

「あー、もう。だったらさ、この際だから、君が王太子になればいいんじゃない?」

 そう言われて驚いた。本気か?

「元凶のエレーヌ王女を王妃の座に据えないよう、こっちで圧力をかけるから、そうすればいい。元々君が王太子になる予定だったんだものね? それをあの国王が無理矢理第二王子のエメットを立太子させた」

「そう上手くいくかな?」

「上手く誘導するの。君がね? こっちがかける圧力を上手く利用するんだ。王になる気ならそれくらいやらないと」

 この私に王座を継げと、そう言うのか。それの後押しをしてくれる、と……。

 オスカーの藍色の瞳はどこまでも澄んで、真剣だ。正直ここまで買ってくれているとは思っていなかった。実の父親よりも母親よりも、赤の他人である彼が、私をここまで評価してくれるとは……。

――名君の相が出ている。きっと自慢の息子になるでしょう。

 ふと、かの高名な雷鳴の魔術師、クレバー・ライオネットの台詞が脳裏に蘇り、思わず笑いが込み上げた。師弟共々実によく似ている。もしかしたら、そう、血の繋がりよりも深い絆というのも存在するのかもしれない。

「……分かった。見返りは?」

「まぁ、未来投資って事にしておいて。良い国王になって、妖精に頼らない国を作ってよ。あの国を生まれ変わらせて欲しい。必要なら魔術師を育てる手伝いをしてあげてもいいよ? あの国じゃ素質があっても育たないでしょ?」

 妖術師びいきだものね? そう言われてしまう。確かにその通りだ。

「努力する」

 アルベルトがそう言って笑えば、

「期待してるよ」

 オスカーがそう返した。


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