第14話
腐ることなく、恨むことなく、ただひたすらに頑張れたのはオスカーのおかげだ。王太子ではないけれど、次期国王としての素質を周囲は認めてくれた。ニールベンの戦いでの功績も大きいだろう、エメットではなく、この私に忠誠を誓う者も多い。それを誇りにしたが、顔だけ王太子、エメットに対するそんな暴言には流石に注意した。
「申し訳ありません、アルベルト殿下」
私の叱責に対し、兵士の一人がそう言って謝罪した。
「けど、エメット王太子殿下も大概だと思うんですよね」
謝罪しつつも別の兵士が反論する。
「大概?」
「善良そうに見えてこう、勘違い野郎っていうんですかね? うぬぼれが強くて、かんに障るというか……」
「あ、俺もそう思いました。褒められて舞い上がるタイプ?」
「剣の稽古で俺達に勝って、自分は強いとか思ってるみたいですけど、俺達が手加減してるって全然気が付いてないんですよねぇ。手加減するに決まっているじゃないですか。怪我させたら俺達の責任になりますからね」
「そうそう、で、ふんぞり返られてもこっちはもう笑うしか……」
「中でも一番腹が立ったのは、アルベルト殿下より自分の方が強い、みたいな事を口にした時ですかね。比べるのも馬鹿馬鹿しいのに」
エメットが?
「だからつい、顔だけ王太子って……あ、すみません。注意されたばかりでしたね」
ついため息が漏れた。
兵士達の間でこれだけ噂になるということは、それだけやらかしているということか。確かにあいつは人の言動に踊らされやすい。おだても鵜呑みにしてしまう。素直と馬鹿は違うんだがな。どうして言葉の裏を読もうとしない。
あいつも実質十五才、もうすぐ成人だ。いつまで子供気分でいるんだか。王太子になったのだから、それなりの自覚を持ってもらわなければ困る。教育係に注意させるとしよう。
次期国王として相応しい振る舞いを、そう思ったのだが、それから幾ばくも立たないうちに問題が持ち上がった。
「兄上、話があります」
丁度良くエメットがアルベルトを呼び止めたので、彼は呼びつける手間が省けた事を知る。執務室へ入るなり、エメットはやおら激高し、アルベルトに詰め寄った。
「サモナ伯爵をどうして僻地へ飛ばしたんですか? ルミエールも一緒だなんてあんまりだ! 彼は僕の側近ですよ? 信頼できる部下なんです。即刻処置を取り消して……」
「牢へぶち込まれなかっただけありがたいと思え!」
弟の言葉を遮り、私はそう吐き捨てた。
「兄上?」
「横領だ」
「え?」
エメットの間抜け面がいっそ忌々しい。証拠の書類を突きつけてみせる。
「まったく気が付いていなかったとでも言うつもりか? 書類にはお前のサインがある。だから公然と裁けなかった! 横領の罪を問えば、お前も只ではすまないからな! 横領の主犯として裁かれるだろう。王太子が! 次期国王が国庫の使い込みだと? ふざけるな! 陛下になんと言い訳をする!」
見せられた書類を目にして、エメットが怪訝そうな顔をする。
「お前のサインだな?」
「そう、ですが……でも、これは……」
孤児院建設に必要な許可書だと、そう説明されましたとエメットは言う。
「許可書? これは資金申請書だ。資金を国庫から調達する為の! ようく見て見ろ! どこまで馬鹿なんだ!」
「で、でも……建設は、されたんですよね?」
だったら、その、きっと僕の聞き間違い……そんな戯言を口にする。見間違いではなく、聞き間違いだと? くそっ! 机をぶったたけば、エメットがびくりと身をすくませる。まったく……どういったやりとりがあったのか容易に想像がつくな。
「……現場へ行ってみろ。建設中の孤児院などどこにもない。架空の工事費用を国庫から持ちだし着服したんだ! この書類上、その主犯はお前ということになる!」
エメットの顔からすうっと血の気が引く。
「説明を鵜呑みにし、書類に目を通さなかった?」
無言が真実を言い当てているとも言える。エメットは顔面蒼白だ。こいつはどこまでも愚鈍なのだ。他人の思惑に踊らされすぎる。
「……押印の権限まで与えた覚えはない。これだけでも厳罰ものだぞ? 自室で謹慎していろ。事が終わるまで公務には手を出すな。後の処置は私がやる。分かったな?」
怒りをようよう押さえ、絞り出すようにしてそう告げた。
立ち去るエメットの後ろ姿を見送り、ため息をつく。
傍の椅子にどさりと身を沈めた。
もうすぐ実質十六才、成人の年になる。そう思い、公務を手伝いたいという彼の希望を叶えたのは失敗だったな。ルミエールに言いくるめられて、本来の業務をはみ出すとは、随分と浅はかな真似をしてくれた。
いや、私が王都を離れている時を狙ったのだから、サモナ伯爵と結託したルミエールが悪賢いのかもしれない。へらへらと愛想のいいあの男は口が上手い。まさに二枚舌だ。少しは気付いていると思っていたが……。
信頼できる部下? あんな言葉が飛び出すとは思わなかった。あれが、次期国王……先が思いやられる。いっそ横領の罪を公にして廃太子にでもしてやりたいが、そうすると継承権は側室が生んだロメオに移るだろう。あれは駄目だ。エメットよりも国王には向いていない。横暴でうぬぼれが強く、あれ以上に煽てに弱い。火種の元だ。
エメットの周囲を優秀な部下で固めればまだなんとかなるか……。あいつは人の意見に耳を貸さない愚者ではないのだから。良くも悪くも人の進言はちゃんと聞き入れる。
「ウィスティリアを訪問するのか?」
実質十六才になったエメットにアルベルトがそう問えば、
「ええ、はい。王太子となったのでご挨拶にと」
そんな殊勝な答えが返ってくる。
是非とも友好関係を保っておきたい国だから、当たり前か。アルベルトはそう思う。オスカーは今から三年ほど前、例の呪いが解けて姿が激変したらしいが……。
そんな事を思い、懐かしさに胸が詰まった。
出来れば会いたい、そう思うも、どうしても二の足を踏んでしまう。
初めて彼の姿を写し取った写光画を目にした時は驚いたものだ。いや仰天したといってもいい。絶世の美女とでも形容できるような彼の容姿は、もしかしたら妖精の美しさをもしのぐのではないかと危惧してしまうほどだった。
驚いたが、でもあの時は、ほっとしてもいた。
これで例の婚約者とも上手くいくだろう、そう考えたのだ。唯一彼が渇望し、そして唯一手に入らなかったもの。彼はあらゆる意味で恩人だった。その彼に手に入れさせてやりたいと、どれほど願っただろう。幸福になった姿を見てみたかったが、何となく会いにくくて、ずるずると会っていない。王太子になれなかった理由を問われて、真実を口にしたくなかったのだ。
けれど、エメットが立太子した事を知ったオスカーは仰天したようで、手紙で理由を問われたが、やはり詳しい理由は言っていない。エレーヌに、あの我が儘王女に王座を追われたなどと、誰が言えるだろう。情けないにも程がある。ただ陛下の決定だとだけ告げた。真実を知ったら、彼はどんな顔をするのだろうな?
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