第13話

「まさか」

 アルベルトは笑った。横恋慕するつもりはない。ただ、オスカーはどんな美女にも興味を示さないから、いったいどんな子なんだろう、そう思っただけだ。もの凄く大事にしているみたいだしな。

 けれど、そう否定しても彼の目は真剣そのもので、

「……もし狙ってるんだったら、国の掃除してね?」

 おいおい、声が怖いぞ。もしかして脅してるとか? ああ、脅してるんだな、これ。長年の付き合いで分かる。

「掃除?」

「はっきり言って、あの国いろいろ腐ってるから。妖精に頼り切ってるところが気に食わない。かといって僕が介入するわけにもいかないからさ、アルがやるんだよ? 徹底的にね。妖精一掃するぐらいの勢いで。じゃないと、ビーはあげない」

「わかった、わかった」

 本当、目が怖いぞ。けど、私は狙ってない。そう思っていたのだけれど。

「凄いわ! 空を飛んでいるみたい!」

 その翌日のことだ。目にした名馬が素晴らしくて、オスカーに頼んで試し乗りをさせてもらったのだが、見学に来ていたかの婚約者、ベアトリス・リンデルに素敵素敵と手放しで褒められて、心がぐらっといきそうになった。

 他国の女性は皆こうなんだろうか? 照れくさくて嬉しいなんて気持ちは、初めて味わったような気がする。

「アルはクリムト王国の筆頭騎手だからね」

 オスカーが嬉しそうに笑う。

 遠くで草を食んでいた馬達を呼び寄せれば、これまたベアトリス嬢に目を丸くされてしまった。どうやって呼び寄せたのか不思議だったらしい。私はこういった事が得意だった。馬と意思の疎通が出来る。

 多分、異能ギフトに近いものなんだろう。

 自分は付加士だ。物に自分の魔力を込めることが出来る。

 武器にもそれが出来るから、一見、魔法剣士だと勘違いするものもいるけど、違う。魔力は体の中心にわだかまり、全身を駆け巡ることはない。魔力の性質が違うのだ。なのに、自分の体は頑丈だ。体力も筋力も常人のそれをはるかに上回る。なので、勝てた試しはないが、あのビンセントとも互角にやり合える。おそらくこれは……。

「妖精の血が入っているからじゃないかな」

 どうしてこんな真似が出来るのかという問いに、アルベルトがそう答えると、ベアトリス嬢は驚いたようだった。

「半妖精だったんですか?」

 アルベルトは首を横に振った。

「ほんの少し混じっている程度だよ。クリムト王家はね、時々半妖精の血を入れるんだ。妖精達と密接な関係を持った国だと言える。その影響だろうね。時々、こうして異能ギフトのような力を持った者が生まれるし、容姿の優れた者が多いって特徴もある。私はそこから外れているけれど……」

 妖精の血が入っているなんてとても思えない容姿だと、自嘲気味にそう言えば、

「殿下は格好いいですよ?」

 ベアトリス嬢に、さらりとそう言われてしまう。

「馬に乗っている姿がとても素敵です。見惚れる女性も多いのでは?」

 世辞だろうと一蹴するには、彼女の目は真っ直ぐすぎて、それが出来ない。黒い澄んだ瞳に浮かぶのは紛う方ない賞賛の色。

 何だろう、愛おしいという気持ちは、こんな感じなのだろうか? 彼女の笑顔から目が離せない。ようやっと、ありがとうと言って笑えば、私の心中を見抜いたように、

「……昨日言ったこと忘れないでね?」

 すかさず、オスカーに釘を刺されてしまう。彼女に惚れるんなら国を掃除しろ、そう言われたことを思い出し、アルベルトの顔に苦笑が浮かんだ。はいはい、分かりましたよ。顔が怖いぞ、まったく。

 それから僅か二ヶ月後の事だ。

 エメットが立太子し、仰天させられる羽目となったのは。

「陛下! どういうことですか!」

 流石に納得できなかった。第一王位継承権を持っているのは、第一王子である自分だ。それが何故二番手の弟が王太子になってしまうのか。父王に理由を問いただせば、

「エレーヌがお前との結婚を嫌がったんだ。仕方なかろう」

 あっけない口調でそう言った。いっそ拍子抜けするほどだ。まるで前からこうすることを予定していたかのようである。半妖精のエレーヌを、どうしても王家の一員に加えたいのだと陛下は言う。

 だから、私の継承権を取り上げ、エメットを立太子させたというのか……。あの我が儘娘を王妃に据えるために! エレーヌは醜い私は国王に相応しくないとまで言ったらしい。そして陛下はそれを容認したというわけか。

 アルベルトが壁に拳を打ち付ければ、びしりと亀裂が入る。

 何とも腹立たしいが、美醜にこだわる傾向は、何もエレーヌだけではない、この王家そのものにもある。王家に半妖精の血が流れているせいだろう、母上も父上も同じような価値観をどこかに持っていた。私と弟とを見比べ、エメットが第一王子であったなら、そんな台詞を漏らしてしまうほどに。

 愛されていなかったわけではない。

 あからさまな差別など無かったはずだ。

 アルベルトはそう思いたかったが、今回の件は本当にエレーヌの我が儘だけが原因か? そう疑ってしまう。本当は弟に王座を継がせたかったからでは? そう思えてならない。醜い私ではなく、美しい弟が王座を継ぐことを父上も母上も望んでおり、今回の件を上手く利用しただけなのではと、そう考えてしまう自分が既に浅ましいのか……。

 片手で顔を覆った。

 この国は腐っている。オスカーの言う通りかもしれない。

 だが、これが現実だ。ここクリムト王家では実力よりも、とかく外見が重要視される。陛下や王妃を守る近衛騎士達が、全て見目の良い者達で構成されていることを鑑みれば一目瞭然だ。醜い者はどうあがこうと、美しい者の上には立てないのだと、こうして思い知らされる。

「良き兄として弟をささえよ」

 陛下はそう言って話を締めくくった。

 良き兄として……そう言えば、オスカーも後を継ぐことはないと言っていた。弟を支える魔術師になるのだと、そう言っていたっけ。

――僕は呪われているの。子を成せない。だから後は継げないんだ。

 魔術師の尊敬を一身に集めているあのクレバー・ライオネットでさえ解けない呪いだと言う。そんな呪いが存在するとは思わなかった。なのに彼からはそれを恨むそぶりもない。いつだって強く逞しい。その明るさが、強さが羨ましくもあった。

――彼のようになれたら……。

 かつて願ったことが再燃する。あんな風に強くなりたい。降りかかる災難をものともせず突き進んでいけたらどんなにいいだろう。その思いが自分を支えたと言ってもいい。他の誰でもない、確かに彼の存在が自分を支えたのだ。


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