第40話

「ご一緒できて嬉しいですわ」

 オスカーを前に、エレーヌが本当に嬉しそうに微笑んだ。

 頬を染めて紅茶を一口口にする。オスカーが浮かべているそれは、接客用の寒々しい笑顔だったが、見る者が見なければその違いは分からない。

 オスカーは先程からずっとこんな調子で不機嫌だった。

 エレーヌ王女の我が儘で、急遽、王都の観光が取りやめになったからである。

 何せエレーヌ王女は魅了の異能ギフト持ちだ。出かけるのなら周囲に悪影響が出ないよう、相応の根回しをする必要がある。なのに、出かける直前になって、もう興味が無くなったわ、オスカーとお茶が飲みたいの、の一言で一蹴したのである。王都を観光したいと言い出したのは、エレーヌ王女自身だったにも関わらず、だ。

 誰もが目を剥いたことは言うまでも無い。

 結果、それを黙認する羽目となったオスカーは、接待役の外交官がどんだけ手間暇かけたと思ってんだこのアーパーが、と心の中だけで罵倒。

 いや、そもそも彼女の我が儘を許しているフェリク国王にも問題があるのか……。

 オスカーはそう考える。

 魅了防止の指輪をきっちり身につけているのだから、どう見たって彼の責任だろう。しかもその魔具を作ったのはウィスティリアの魔術師だ。クリムト王国の重臣達に行き渡るようにしてやっただろうが、このぼけ。恩を仇で返すなとそう思ってしまう。

 客人用のサロンで、周囲には薔薇の花が咲き乱れている。

 一見優美で和やかな雰囲気だ。

 けれど、にこにこ笑いながらもオスカーの胸中荒れまくり。さっさと終えたいと心底思う。何にもない方が手間がかからずに済む分、気のせいだったで終わった方が助かるというものだ。実際は何かあった方が、アロイス・フォレストを拘束できる理由になるので、そちらを希望した方が良いのだろうが……。

「オスカー殿下は本当に変わりましたのね」

 エレーヌ王女が頬を染めてそう言った。

「そうかな?」

 まぁ、骸骨から人間になったから、激変だなという言葉は心の内に留めておく。

「ええ、とっても素敵になりました。女心が分かるようになって下さって、本当に嬉しいですわ」

 女心? いや、ごめん、ちっとも分からない。

 オスカーは心の中で首を捻った。

 それ、昔も今も同じだから。接客の仕方は以前と全く変わらない。なのにエレーヌ王女の反応が真逆と言って良いほど違う。ありがとう、お優しいのね、紳士ですのねって……僕の対応まったく変わってないけどねぇ?

 以前だって、エレーヌ王女は一応お客様。そう無碍にはしなかった。それを嫌がったのはエレーヌ王女の方だ。気持ち悪い、近寄らないでって……まぁ、相手をしないで済む方が楽だったので、さっさとビンセントに押しつけたっけ。

 今思うと、ちょっと気の毒なことしていたかなと思う。エレーヌ王女と行動していると酷く疲れるから、こんな思いをあの当時、ビンセントにさせていたのかと思うと反省しきりだ。彼女を弟に押しつけるのは今後やめよう。今後があれば、だが。

 エレーヌ王女の様子を子細に観察する。

 今までの所、特におかしな行動は見られない。

 問題なしか? 手元の紅茶を一口口にする。離婚云々は口にしなくなったし……。ビーを貶めるような言動もない。名前にきちんと敬称を付けるようにもなった。

 もしかして、とんだ時間の無駄遣いだったかな?

 ある時、ふっとオスカーはそんな風に考える。

 アロイス・フォレストがエレーヌ王女と接触したと言っても、邪な意図があったとは限らない。単なる外交目的だったのかもしれないし、接触した場所が市井だと言うのだから、正体を知らずに声をかけた可能性もある。

 いや、正体を知らずに、ということはありえないか……。思わず苦笑が浮かぶ。彼女の場合、小妖精フェアリーを常に連れ歩いているのだから、自分はエレーヌ王女だと宣伝して歩いているようなものだ。一目で分かる。

 まぁ、何にせよ、問題が無いのならそれに越したことはない。とんだ無駄骨だったな。仕事が滞って大変だって言うのに。やれやれだ。ま、クリムト王国と友好関係を深めたとでも思えばいいのか。こういった事も仕事の内だし……そう思って、おかわりのお茶を注がれた時点で、オスカーは異変に気が付いた。

 口元へ持って行った紅茶から魔法薬の匂いがする。


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