第14話 第一章最終話
「支度は出来た?」
オスカーが花嫁衣装を身につけた私を見にやってきた。
「殿下、駄目ですよ。婚姻前に花嫁を見ると、縁起が悪いんです」
メリルがそう言うと、
「いいじゃない、ちょっとくらい」
オスカーが笑う。オスカーは長かった銀髪を短くし、筋肉をつける努力をしたので、持ち前の美貌に精悍さが加わって、かなり、いや、むちゃくちゃ格好良かった。正視できないくらい眩しい。微笑まれるとどうしても頬が熱を持つ。
――何これ!?
初めて鏡をみたオスカーの第一声がこれで、
――うっわ、女みたい。やめてよ、何この悪趣味な顔。
初めて目にした自分の外見が気に入らなかったようで、オスカーが時々口にするかなり乱暴な悪口の羅列が飛び出した。
――いえ、兄上。女受けのする美貌ですよ? 素直に喜んだらどうですか? うらやましいです。
オスカーが涙目で、横手のビンセントを睨み付けた。
――うらやましい? 僕は君の方がうらやましいよ! 精悍な顔に、何一人だけ筋肉つけちゃってるの! 僕、ひょろっひょろ。日に当たってないから肌は真っ白で、ますます女みたいでやだ!
――そうは言っても、兄上は魔術師で、私は剣を使います。違って当然でしょう?
――魔術師って基本、体力ないんだから、見た目くらい男っぽくしてよ! 何これ、嫌がらせ?
子供のようにだだをこねまくり、髪を切って、筋力量を増やす努力をしつづけた結果、今のようになった次第である。オスカーって努力家だったんだね。まぁ、稀代の魔術師って言われるくらいだから、当たり前なのかもしれない。
「ね、メリル、そろそろ本当の事を言ったら?」
やおらオスカーがそんな事を言い出して、首を捻ってしまう。
本当の事?
「殿下、あの?」
メリルが戸惑ったように言う。
「ビーの黒髪は誰から引き継いだの? リンデル家には、ざっと見渡しても黒髪っていないよね? でも、君はビーと同じ黒髪だ。それに君は魔力持ちだよね? 元貴族?」
メリルの顔色がさっと変わって、
「申し訳ありませんが、殿下。私がお話することは……」
「うん? 出来ない? 契約魔術かな? 自分が母親だって口にしないよう、リンデル侯爵に魔術をかけられた?」
え? 母親?
「あーあ。ビーの父親じゃなかったら、殴りたくなるくらい嫌な奴だよね。ほら、手を出して?」
メリルが手を出すと、
「あ、やっぱりね。口封じされてるのか……」
オスカーの指先が複雑な模様を描き、
「契約魔術を無効にしたから、言ってごらん?」
メリルは驚いたようで、
「え? あの……本当に? 言えるんですか?」
「うん、大丈夫。声、消えたりしないから、ほら」
メリルが私に向き直って、
「私がお嬢様の本当の母親です」
びっくりしすぎて口もきけない。
「リンデル侯爵と私の間に出来た子がお嬢様なのです。母親と名乗ることは許されていませんでした。魔術のしばりがあって……」
惜しみない愛情を注いでくれたメリルが母親だと分かって、嬉しい反面、後ろめたい気持ちもわき上がって、
「私は不義の子なの?」
そう口にした。オスカーがのほほんと言う。
「んー……不義の子とは違うかなぁ。君、婚姻の事実あるよね? 魔力なしを生んだ事で、離縁された?」
メリルが頷く。
「一年半の結婚生活でした」
「リンデル侯爵って、ほんっといい性格してるよ」
オスカーがため息を漏らす。
つまり今のお母様は三番目の奥さんだった?
「違う四番目だね。四回結婚してるよ、あの侯爵。つまり、全員腹違いの姉妹だったって事になるね」
そう、なのか……。でも、私以外、全員似たような顔立ちしていたけど……。
「そりゃ、血族結婚をくりかえしてりゃ、そーなるでしょ? メリルが例外だったんだよ。だから、君だけ似ていない。でもそのおかげで驚異の力をもった子が生まれたんだ。リンデル侯爵の当初の思惑通りにね。でも、欲深すぎて宝を見逃したってわけ」
私はオスカーをじっと見上げ、
「でもそのおかげで私はオスカーに出会えたのかな?」
そう言うと、
「んー? どうだろう? もしリンデル侯爵が、魔力なしでも、分け隔てなく育てるような真っ当な父親だったら、結局どっかで出会ってたんじゃない?」
そう答えて笑う。オスカーの笑顔が眩しくて嬉しくて、
「オスカー、愛してる」
そう言うと、
「僕も愛してるよ、ビー。一緒に幸せになろうね?」
「幸せにするよ、じゃないの?」
「夫婦は協力し合うもんでしょ? それに僕は君と一緒にいられるだけで幸せだから、どうあがいても君だけが幸せになるってことはないかな」
オスカーらしい台詞に、私は声を立てて笑った。
「王妃様とは仲直りしたの?」
私がそう言うと、
「いや、全然」
オスカーがぷいっとそっぽを向く。
「もうそろそろ許してあげたら?」
「やだ。君をあんな目に会わせたのに、謹慎一年間って父上はどんだけ母上に甘いの。これで僕があっさり許しちゃったら、君の立つ瀬がないでしょ?」
「でも、夕闇の魔女の置き土産も、かなりこたえてたみたいだけど?」
「ああ、僕の呪いは母が僕に押しつけたからだって、国民に暴露していったあれ、ね」
そう、大魔女として名高い夕闇の魔女の仕返しもかなり辛辣だった。
王妃がやらかした数々の暴露話を夢にして、国中に配っていったのだ。しかもあの美女の姿で、愛しい男を王妃に寝取られたと言って、泣き崩れるというパフォーマンスのおまけ付き。一夜にしてもの凄い噂になった。何せ国民全員が同じ夢を見たのだ。騒がない訳がない。
「民衆の非難集中してなかった?」
夕闇の魔女には同情票が多く集まり、王妃は非難囂々だった。
「してるね、それが何?」
「お茶会に行けなくなったって言ってた」
「うん、それが?」
「どこ行っても、嫌みを言われるって泣いてたような」
「うん、そうだね」
「ドレスの新調も難しいって……」
「デザイナーがそっぽを向くからね。自分でデザインしたらいいんじゃない? 才能皆無だから、みんなに笑われるだけだろうけど」
「……オスカーって結構ドライ?」
「そうかも」
にっこり笑う。うわぁ、この笑顔で泣き言全部スルーされたらきついかも。王妃様の嘆く様子がありありと目に浮かぶ。でも、しょうがないのか、な? 人買いに売られた末路を思い描くと、流石にぞっとする。
オスカーが柔らかく微笑んだ。
「君は優しいね、ビー。でも時にはきっついお灸も必要なんだよ? 無用なトラブルはちゃんと避けないとね?」
オスカーが身をかがめて額にキスをする。もうすぐ式が始まる。
私は遠くで聞こえる鐘の音に耳を澄ませた。
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