第二章 麗し殿下のお妃様
第15話
「風に揺れるあなたの黒髪は夜の吐息のようで、唇に浮かぶ微笑みは朝露のように柔らかく、私の姿を写すその瞳は愁いを含んで美しい……」
詩の一節のような美辞麗句がオスカーの声で漏れ聞こえた。
普段の彼はこんな言葉は一切口にしない、どころか大笑いする。誰だ、こんなくっさい台詞を考えた奴は? というわけだ。
不思議に思って城の中庭に足を向けてみれば、貴婦人達に囲まれたオスカーがいて、周囲の女性達は彼にうっとりとした視線を投げかけている。
詩の朗読でもしていたのかな? そんな雰囲気だ。
私がいることに気が付くと、失礼と言って、オスカーは貴婦人達の輪から抜け出し、私の手を取ると、足早にその場を離れた。
堅く引き結んだ口元が、何だか不機嫌そう?
「どうしたの?」
「別に……」
本当かな? どう見てもむくれているように見える。
「賭けはあたしの勝ちだね」
聞き慣れた声に振り向けば、にまにまと笑う夕闇の魔女がいた。
最近は何だか頻繁に姿をみかける。気に入られたのかな? 絶世の美女の姿で現れたり、今のように老婆の姿で現れたり、見るたびにコロコロ姿が変わる。
私の目は幻術を見破るので、夕闇の魔女さんのこれは、姿変えの術で本当に姿を変えているのだろうと思うも、姿変えの術は様々な制約があって、使える者は少ないのだとか。それをこうまで使いこなせるのだから凄いと思う。流石大魔女。
「こんにちは、夕闇の魔女さん」
「はいはい、こんにちは。相変わらず、礼儀正しいねぇ、あんたは」
にたりと夕闇の魔女が笑った。
「賭けって何ですか?」
「いや、何ね。こいつがロマンス小説を馬鹿にするからさ。こんな歯の浮いた台詞で喜ぶ女性がいるのかって。じゃあ、やってみればいいってやらせてみたら、ほら、ご覧の通り、全員があんたの声に聞き惚れたよ」
そりゃあ、オスカーの声と容姿じゃ、どんな内容でも、みんなうっとりと聞き惚れるんじゃないかな? でも、どうして不機嫌なのかが分からず、
「何かあったの?」
「何にもないよ、ビー」
「でも、不機嫌そう」
「あんな台詞でうっとりするって、どうなのって思っただけ。女性の頭の中ってほんっとよくわかんない。可笑しいでしょ、あれ。あんな台詞、女性に向かって本気でいう男がいたらね、絶対下心ありありだよ。わからないってところがどうかしてる」
夕闇の魔女が言う。
「あたしから言わせりゃ、あんたほど中身と外見がかけ離れてる奴も珍しいよ。外見はロマンス小説の主人公さながらなのに、口説き文句には大笑いするし、面白おかしい事には飛びつくのに、ロマンスに辟易って……」
夕闇の魔女の言葉をオスカーが遮った。
「あそこは絶対笑う場面だった! あんな台詞でうっとりされたら僕の立場ない!」
「あそこで笑われたらあたしの立場がないよ! こんのバカッタレ!」
妙なところで意見が衝突しているなぁ。まぁ、二人の好みが真逆なんだよね。しょうがないか。
「ビーはどうなの? ロマンス大好き? ああいう台詞、僕に言って欲しい?」
えーっと……。
「私はそのまんまのオスカーが一番好き」
そう言った途端、オスカーが相好を崩した。うっわ、相変わらず眩しい。引き寄せられ、キスまでされてしまう。夕闇の魔女が、オスカーの反応を見て、
「……嬢ちゃんが一番ロマンスを地で行ってるね。こいつからこんな笑顔を引き出すんだからさ」
しみじみ言った。悩殺っていうのだろうか? 確かにオスカーの笑顔って、破壊力あるんだよね。既に見慣れている私でも、くらくらするもの。
「僕もそのまんまのビーが一番好き」
抱きしめられて、すりすりされてしまう。
あのあの、オスカー、手加減して? 腰砕けそう。
「はいはい、ごちそうさま。じゃ、賭けはあたしの勝ちだから、許可はおりたってことでいいね?」
許可? オスカーが言う。
「……本気で書く気なの?」
「もちろん。男に二言はないだろ?」
「まぁ、いいけどさ。僕をモデルに小説を書いたって、お笑いにしかならないと思うけど?」
「外見だけ見てりゃ、そーはならないよ。物語なんてのはね、イメージで書くもんさ」
「イメージねぇ。イメージだけでいいんなら、ほら、兵士の訓練場に行けば、いい男がわんさといる」
「あんな汗臭い男なんかごめんだよ!」
夕闇の魔女が叫び、オスカーが反論する。
「なよっちい男なんか気色悪いだけだろ?」
「あんたの頭の中身は一体どーなってんだよ?」
夕闇の魔女が文句を言うと、オスカーの空気がひんやりとなって、
「普通だし、まともだし、言い寄ってくる男がいたら速攻で潰してる」
「……ああ、言い寄られたのか?」
そういや、城を抜け出して遊ぶのオスカー好きだったような……。そこでなんかあった? 多分、あったんだろうな。吹き出すオーラが不機嫌全開だ。
「この顔嫌い。本当に何にもしてないの?」
オスカーが文句を言い、夕闇の魔女が肩をすくめた。
「してないよ。出来るわけないだろ? そんな芸術作品みたいな顔、どうやったら作れるんだよ?」
藍色の瞳がすっと細まった。
「それ、褒め言葉じゃないから。二度と言わないでよね」
あ、怒ってる。綺麗な顔で睨まれると、ほんっと迫力出るよね。
夕闇の魔女は両手をあげ、
「分かったよ、もう。とにかく小説では、あたしの好きなように書かせてもらうからね? 文句は言わせないよ?」
「いいよ、僕はロマンス小説なんか読まないから、腹も立たない」
「嬢ちゃんはどうだ?」
え? 私? んー……。
「読みたい」
オスカーがモデルの小説なら、素直にそう言うと、
「そうだろ、そうだろ。出来上がったら読ませてあげるよ」
夕闇の魔女は上機嫌でくるりと一回転し、美女の姿になって立ち去った。
「……モデルなら自分をモデルにすればいいのに。十分綺麗なんだからさ」
もちろん、ビーが一番綺麗だけどね? そう言ってキスをする。
オスカーも十分ロマンス小説を地でいっているような気がするのは、私の気のせいかな? 私に言う言葉がもの凄く甘いような気がするんだけど……。
恥ずかしくて赤くなると、ビーって本当に可愛いねとか、抱きしめて耳元で囁いてくるし……。意識せずこれって凄くないの? ねぇ、凄くないの? オスカー、本当、手加減して。倒れそう……。
「相変わらず仲いいね」
軽快な声に目を向ければ、ビンセントがいて笑っている。
私は声にならない悲鳴を上げた。顔がこれ以上ないほど赤くなる。お願い、オスカー、放して! 彼の抱擁から逃れるように力を込めれば、ようやっと解放された。
「ご機嫌よう、ビンセント。愛しの婚約者のご到着?」
婚約者? あ、そうか。今日はサビニア王国からビンセントの婚約者が訪問する予定だったっけ。
ビンセントと一緒いる二人の女性は双子らしく、顔の作りは同じだったけれど、雰囲気が全く違う。一人は明るく華やかで、もう一人は大人しく真面目そうに見えた。確か、サビニア王国の第二王女クラリスがビンセントの婚約者だったはず。どっちがクラリスだろう?
「紹介はしてもらえるの?」
オスカーが笑うと、二人の女性は頬を染めた。もう既に見慣れた光景だ。
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