第13話
「夕闇の魔女、どうもありがとうございました」
オスカーが傍らに立った魔女に礼を言うと、
「夕闇の魔女?」
ベアトリスが反応し、まじまじと目の前の老婆を見つめる。
「オスカーを呪った魔女さんですか?」
「だから、そいつを呪ってなんかいないってば」
夕闇の魔女が文句を言った。辟易しているらしい。
「あたしが呪ったのはあの馬鹿王妃だよ。そいつはそのとばっちりを食らっただけさ。その尻拭いをしようにも、どうにもこうにもやりようがなくてね……二十四年もの間、あんた、よく我慢したもんだ。大変だったろ?」
「うーん、いや? 割と好き勝手に生きてきたから、そうでもなかったかな?」
あはは、とオスカーが笑う。
夕闇の魔女がにやりと口の端をゆがめた。
「おや、そうかい? その子の求婚を断った時は死ぬほど苦しかったんじゃないのか?」
「ええ、まぁ、その部分はね」
思わず苦笑い。心の中でかなり酷い悪態をついたことを思い出すも、それは言わぬが花だろう。いい子は聞いちゃいけないよ、の言葉の羅列だった。
「だったら仕切り直しだ。ほら、ちゃっちゃと愛の告白とやらをしたらいい」
夕闇の魔女が嬉々として言う。
「こんなに人がいる中で?」
周囲には連れてきた護衛兵がわんさといる。オスカーが不服を訴えると、
「それくらいなんだよ。あたしはそれが楽しみで、わざわざ出てきたんだから」
「悪趣味だなぁ」
「あたしはこれでもハッピーエンドの恋愛話が大好きなんだよ。愛読書はロマンス小説だ。まぁ、この姿だと悪役にされそうだから、こっちにするか……」
くるりと回ると、老婆が絶世の美女に早変わりし、全員が唖然となった。
「主人公を助ける妖精は、美しいって相場が決まってるだろ?」
絶世の美女になった夕闇の魔女が、いたずらっぽく片目をつむってみせる。小悪魔的な笑みとでもいうのだろうか、見惚れそうなほど妖艶だ。
「美しい妖精……自分でそれ言っちゃう?」
オスカーが突っ込むと、美女の姿になった夕闇の魔女が意地悪く笑う。
「ごちゃごちゃ、やかましいよ。それともさっきの姿になって、悪役を演じて欲しいのか? あたしの妨害はきっついよ?」
「勘弁して。それは身をもって知ってるから」
オスカーは降参と言いたげに両手を挙げた。
ほらほらと夕闇の魔女にせっつかれ、
「ビー、僕のお嫁さんになってくれる?」
そう言うと、ベアトリスの黒い目が驚きに見開かれた。可愛らしい唇がぽかんと開く。驚いているらしい。まぁ、つい先程、求婚を断ったばかりだから無理もないか……。
「君の求婚を断ったのはね、僕と一緒になったら、君が不幸になると思ったからだよ」
そう説明する。
「だから、妹みたいに思ってるって、嘘ついたの。本当は、君の求婚、死ぬほど嬉しかった。ずっと一緒にいたいって思ったけど……泣く泣く諦めたんだ。でも呪いが解けて、その障害がなくなって、今の僕は君を手放したくないって思ってる。だから、もう一度言うよ? ビー、僕と結婚して?」
ベアトリスの驚いた顔に、ゆっくりと喜びの笑みが広がった。感極まった様子で抱きついてくる。耳にした返事は、もちろん「はい」だ。僕がビーにキスをすれば、たくさんの拍手と祝福の言葉が雨あられと降り注いだ。
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