第7話
「リンデル家の血筋じゃあ、相当凄そうだけど……系統は何?」
「ビーは魔力を持ってないよ」
私が答えるより早くオスカーが答え、ビンセントが目をむいた。
「魔力を持ってない!? えぇ? じゃあ、魔力なしの王妃になるの?」
「別に問題ないでしょ? 僕が魔力を持ってるんだから……。どっちか片方が魔力を持っていればいいんだよね?」
「そりゃ大昔の話ですよ、兄上」
ビンセントが嘆息する。
「魔力を持った者が、出たり出なかったりしていた時代の話でしょう? 今は魔力を持っていない王家の者はまずいないから、今の王家の婚姻は、両方とも魔力持ちってのが普通ですよ。だから王妃選びの際に集められる女性は、魔力を持っていることが前提になっているんじゃないですか。兄上が選んだ婚約者だって聞いたから、絶対魔力持ちだと思っていたのに……」
オスカーがしれっと言う。
「じゃあ、君が跡を継げばいい。僕はずっとそう言ってるだろ?」
「ああ、もう! 世迷い言はいい加減にしてください、兄上! 僕の魔力量と兄上の魔力量の差、どれくらいあると思っているんですか! 比較することすらおこがましい!」
「そうかなぁ?」
「何すっとぼけているんですか! 幻術で師匠の目をだまくらかして、城を抜け出して遊んでいたくせに! あなたの師匠、宮廷魔術師長ですよ? あれをごまかすってどんだけですか! ありえません! 少しは自覚してください!」
「……僕が師匠に勝てるのって、幻術だけだってば」
オスカーがふてくされたように言えば、ビンセントがさらに言いつのる。
「そりゃそうでしょうとも。宮廷魔術師長と年齢、どれだけ違うと思ってるんですか? あれ、古狸ですよ? ほとんど妖怪ですよ? それに一つでも勝つって事がどれほど凄いか……。兄上があれと同じ年齢になれば、絶対あれを超えますとも!」
叫ばれて、オスカーは耳を塞ぐ仕草をする。
聞きたくなーいって子供みたいな仕草だ。
――ま、実際あれを超えるんなら、呪いは解けるかもね? でもそん時は、じじぃになってるから、意味ないだろうけど……。子供なんて無理無理。
隣にいる私に聞こえるだけの、小さな小さな声で、オスカーはそう呟いた。
魔力量は一生涯変わらないけど、年を重ねれば重ねるほど熟練度が上がる。術の強度は、魔力量と熟練度の掛け合わせて決まるから、大抵は年を重ねた方が勝つ。それに勝ってしまう場合、魔力量に大きな開きがあるってことになる。
熟練の宮廷魔術師長に勝ってしまう魔力量……想像も出来ないや。オスカーは本当に才ある魔術師なんだと思う。跡を継げなくても、きっとあちこちで引っ張りだこだろうな。将来は本当に宮廷魔術師になるのかもしれない。
淑女教育が進む中、同じ年頃の子供達と交流することもあった。
どうやら王妃様の計らいで、気があった者と婚約を、なんて考えているらしいけれど、王家とつながりのある貴族の子供だから、当然みんな魔力を持っていて、
「え? 君、魔力がないの?」
びっくりされてしまう。そういった反応にどうしてもなじめず、結局、私が仲良くなれたのは、使用人の子供のジョージだけだった。
淑女教育の合間を縫って、私は居心地のいい台所にちょくちょく出入りしていたので、その時にジョージと親しくなったのだ。
最初の内こそ、台所の仕事を手伝う私に対して、ベアトリス様やめてくださいまし! と悲鳴を上げていた使用人達も、やがては諦めてくれたのか、お手伝いに入っても何も言わなくなった。それどころか、ジャガイモ剥きを一生懸命手伝えば褒めてくれる。
リンデル家の使用人達は何をしても褒めてくれないどころか、ちょっとでも気に入らないことがあると叩かれた。オスカーの周囲にいる人達は、みんな親切だと思う。オスカーの人徳かなぁ?
「ビーは貴族なんだよな? 全然そうは見えないけど」
ジョージと遊びながら、そんなことを言われてしまう。
花を摘みながら頷けば、
「ちぇー、じゃあ、やっぱり結婚は無理かぁ。俺、ビーのことが好きなんだけどなぁ」
そんな風に言われてびっくりした。
「そう、なの?」
どこが気に入ってくれたのか分からなくて、首を傾げると、
「え? 全然脈なし? ちょっとショックなんだけど!」
日に焼けた、いたずらっ子さながらのジョージの顔が、がーんという表情を作った。
私は首をふるふる横に振る。
「ジョージは好きだよ? でも、もっと好きな人がいるから……」
「何だぁ。やっぱり同じ貴族?」
こっくり頷けば、相手は誰? と聞かれて、オスカー殿下と答えると、ジョージは目をまん丸くし、
「えぇ! あの根暗殿下!?」
そう叫んだ。あんまりだと思う。
「根暗じゃないもん!」
ぷっと頬をふくらませて横を向くと、すねたのが伝わったのか、ジョージが慌てて言った。
「あ、ごめん! 悪かったって。でも今のは俺が言ったんじゃねーぞ? あの殿下には、そういう渾名がついてんだよ」
そんな話初めて聞いた。私が身を乗り出すと、
「あ、まぁ。悪口みたいなもんだから、お前の耳には入らないよな? お前の身の回りの世話をしてる使用人は全部あの根暗……いや、オスカー殿下が手配した使用人達ばっかりだから、悪口をいう奴なんてまずいないしよ」
ジョージが慌てて言い直す。
「あの殿下、公正だし、気さくだから、兵士とか使用人とかには受けがいいんだけど、年頃の……なんていうか、高貴な身分の女性には煙たがられる傾向にあるんだよ。不人気っつーか……まぁ、根暗殿下って渾名が付くくらいだから、分かるだろ?」
え? 全然わかんない。かっこいいのに……。
「そこでかっこいいとか言い切るビーのセンスもどうかと……」
「かっこいいもん!」
骨格美人だもん! 心の中だけでそう付け加える。
「分かった、分かった。とにかくビーは、オスカー殿下が好きなんだな? けど、殿下と結婚なんて出来るのか? ああいうのって政略結婚だったりするんだろ?」
親同士が決めるんだよな? ってジョージが言うので、
「……婚約してる」
そう言うと、ぶったまげられた。
「えぇ! マジ! 早く言ってよ!」
「内緒だから……」
オスカーと婚約に至った経緯を話すと、
「え、何、お前の親。酷くねぇ?」
ジョージが目をむいた。
「貴族なんてみんなそーなのか? あ、いや、殿下は偉いけど……」
「私、家族に嫌われてたから……」
「なんだよ、それ。魔力なんかなくったって生きていけるよ。そんなん気にすることないって。俺だって魔力はないけど、気にしたことなんかないね。貴族の偏見だよ、そんなの。ビーはかわいいし、気立てもいい。ねく……オスカー殿下もきっと好きになるって」
また根暗殿下って言おうとした……そう思って、じっとりと睨むと、ジョージがはははと笑ってごまかす。
「べ、別に俺は、オスカー殿下のことが嫌いなわけじゃないからな? つい癖になってるだけで……」
癖になるほど言ってたって事だよね? 私がそう言うと、どつぼにはまったようで、いや、そんな事は全然ないぞ? 周りの連中の話を聞いていると自然とそうなるだけで、俺が悪いわけじゃない、とか言い訳してたけど、しばらくは口聞いてあげない。ふてくされて、ぶちぶち草を引っこ抜いていると、ジョージが機嫌直してくれよと平謝りだ。
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