第5話

 早口で説明された内容を要約すると、どうやらお父様が私を結婚させようとしたらしい。しかもその相手が爵位は持ってるけど、評判の悪い女好きのお年寄りらしくて、ロリコンかあいつは? とか、オスカーが意味の理解できない悪口らしい言葉の羅列の合間に口走ったけど、意味を聞いてもやっぱり教えてもらえなくて、君は知らなくていいんだよ? と笑顔(多分笑ってる)で言われてしまう。

「だいたいリンデル侯爵、頭どうかしてない? この僕とのコネを作った方が絶対いいはずなのに、あのくそじじい(咳払い)いや、爺様かな? の嫁にして何の得があるの? そりゃ爵位も金あるけど、僕の不興を買ってまで、する意味ないだろ? どうしてビーをあれの嫁にする必要があるのさ?」

「気に入らなかったんじゃないかな……」

 マリエッタの眼差しを思い出してそう言うと、

「はあ? この僕とのつながりを持つのを嫌がる奴いるの? 廃嫡されたってんならともかく! その予定だけど、まだされてないよ!」

「お父様じゃなくて、お姉様が……」

 私がオスカーの傍にいるのが気に入らなくて、お父様に泣きついた、そんな気がする。家の恥さらしが殿下の側仕え……そりゃあ、嫌だよね。恥の上塗りしているようなものだもの。プライドの高い姉にしてみれば、許せなかったに違いない。

「あのね、君、自己評価低すぎ。ビーは性格いいし、頭いいし、かわいいし? 将来有望株なんだよ? あ、それと天眼。これ持ってるだけで、各国から是非王妃にって言い寄られるくらい、いや目が血走るぐらい凄い力なんだ。これ知ったら、リンデル侯爵もあのひひ爺の嫁なんて言い出さないと思うけど、逆に利用される危険もあるから、この力の事はしばらく黙ってようね?」

「そう、なの?」

「そ、結婚相手なんて選べなくなる。争奪戦になるから、力がある奴が勝つよ。この国の王妃以外の選択は多分、なくなる。僕は君に自由にさせてあげたいんだ。ちゃんと好きな相手と結婚させてあげたい。幸せになって欲しいんだ。だから、僕の父上にも母上にも言っちゃ駄目だよ? 絶対、ビンセントとの結婚を勧められる。父上も母上も良識はあるし優しいけど、統治者としての側面もあるから、君に拒否は出来ないからね? ビンセントが好きっていうんならいいけどさぁ……」

「私はオスカーが好き」

 ぶっとオスカーが吹いたような気がした。骸骨だけど、オスカーは本当に表情が豊かだなぁ。

「うんうん、君は本当にいい子だね? 嬉しいけど、そういう台詞は大人になってからにしようね?」

 なでなでされる。早く大人になりたい。そんな風に思った。

 オスカーに追加で説明されたけど、婚約はするけど、公にすることはしないらしい。婚約解消をしやすくするために、そう手配したとのこと。大人になるまでに淑女教育というのをしっかりやって、社交界デビューをした後、本当の結婚相手を探すらしい。このままでもいいのに、と言おうとしたけど、やっぱり頭を撫でられて終わりのような気がしたから、言わない。

 淑女教育というのが始まってからというもの、オスカーに会える時間が極端に少なくなった。寂しい……。これだったら前の方がよかったなと思ってしまう。

 オスカーの助手の仕事は、忙しくて大変だったけれど、いつも一緒にいられたのに……。そう思うも、わがまま言えないし、鬱々とした日が続いていたある日の事。ひょっこりオスカーが顔を出し、気晴らしにと、身内のお茶会とやらに連れて行ってくれた。

 綺麗に着飾って、オスカーにエスコートされて行った先は、たくさんの美味しそうなお菓子が山と積まれていて、私はびっくりしながらも、喜んだ。

 邸宅の広々とした庭に、着飾った貴婦人達が集まっていて、花で綺麗に飾られたテーブルの上に並べられたお菓子を手に取り、談笑している。目にしたお菓子は、お父様がお客様を招いた時に、ちらりと目にするそれよりも遙かに豪勢だった。

 貴婦人の一人がオスカーに気が付き、優雅に礼をした。

「殿下、ご機嫌よう。そちらの可愛いらしいお嬢さんはどなた?」

「僕の助手だよ。仲良くしてあげて?」

 目の前の貴婦人は微笑んで、同じようにご機嫌ようと挨拶してくれた。貴婦人が綺麗な礼をすると、見惚れるほど優雅なんだと分かる。私も慌てて淑女の礼を返したけれど、まだまだ頑張らないと駄目だと、そう思った。

「好きなだけ食べてくるといいよ」

 オスカーにそう言われて、手渡されたお皿を手に、テーブルに並べられたお菓子を見て回っていると、

「どうやって殿下に取り入ったのよ?」

 聞き慣れた意地の悪い声に、身をすくませた。

 恐る恐る振り返れば、思った通りマリエッタがいて、こちらをにらみ据えている。相変わらず、うっとりする程綺麗だけど、やっぱり怖い……。

 マリエッタは私に近づくと、上から見下ろすようにして言った。

「あなたが王太子殿下の婚約者? お父様は素直に喜んでいたけど、冗談じゃないわ。あなたみたいな恥さらしが王妃だなんて、この国の品位が疑われるだけよ! 身の程をわきまえて辞退しなさいよ! ほら! そして家へ戻ってきなさい! あんたなんか一生地下室で暮らすのがお似合いよ!」

 私はふるふる首を横に振った。そんなのは嫌だった。だって、家に戻ったらもうオスカーに会えない。

「何よ、逆らう気? ほんっと生意気になったわ、あんた!」

 振り上げた手が見えて、叩かれる、そう思って私は身をすくめた。けど、痛みはいつまでたってもやってこなくて、

「何やってるの? 君」

 オスカーの声で目を開ければ、マリエッタの腕をつかんだオスカーがいて、

「彼女は僕の婚約者なの。叩いたりしたら不敬罪で罰せられるの君の方だからね? それと、ここに何で君がいるの? 僕、呼んだ覚えない」

「父が急病で来られなくなりまして、その代わりに……」

 マリエッタの返答に、オスカーは舌打ちを漏らしたようだった。

「裏目にでちゃったか……。まぁ、いいや。とにかく、もうこれ以上彼女にかまわないでくれる? リンデル侯爵の不興を買いたくなかったらさ」

 父親に苦言すると暗に脅されて、マリエッタは引き下がったものの、

「陰気で根暗な王子と、あんた、お似合いよ」

 そんな風に通り過ぎざまに囁かれて、

「陰気じゃないもん!」

 思わずそう叫んでいた。マリエッタに反抗なんて、ただの一度もしたことなくて、自分でもびっくりしたけど、言葉は止まらなくて、

「優しいし!」

 骸骨だけど。

「頼りになるし!」

 骸骨だけど。

「明るくて、頭が良くて、いろんな事知ってて、お城の人達みんなに好かれてるよ! お姉様よりずっとずっと美人だもん!」

 骸骨だけど……。骨格美人ってあるのかな? そんな事を考えながらわんわん泣いてしまった。こんな風に泣いたこともなかったので、止まらないとは思わなくて、その内、雨が降り出した。

 ついさっきまで快晴だったのに、ぱらぱらとふってきていた雨が、豪雨になるのはそう時間はかからなくて……オスカーが私を抱えて走り出し、お茶会は急遽室内で行われることになったらしい。らしいというのは、私はそのまま別室へと連れて行かれたから、その後の事は分からない。

「ビー、お願いだから、泣き止んで? このまま泣き続けると、えらいことになる」

 ようよう泣き止むと、オスカーはほっとしたようで、

「ああ、晴れてきたね……よかった……」

 窓の外を見ながら、そう口にした。

「天候は天眼の持ち主の感情に左右されるって聞いてたけど、これは凄い。国が先を争って手に入れたがるわけだ」

 よく分からないけど、私が泣いたから雨が降ったらしい……。

「ごめん……」

 お茶会を台無しにしたことを謝ると、

「ああ、気にしなくていいよ。僕の方こそごめん」

 どうやらオスカーはお父様と私を会わせようとしていたらしい。

「リンデル家は力ある家系だからね。社交上、仲違いってのはいろいろと都合が悪い。表面上だけでも仲良くって思ったんだけど、また別の機会にするよ」

 お父様と仲良く……そんな事出来るのかな? 私、お父様の笑顔なんて見たことない。しかめっ面が普通だったし……。


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