第4話
お城の研究室でオスカーの顔を見ながら、
「オスカーって今、どんな顔してるの?」
そう聞いてみた。
「ん? ああ、そうか。君には見えていないんだっけ? どうしようか……ああ、そうだ。家族の姿を写し取った魔具がある。見てみる?」
手のひら大の四角い鏡のような物の中に先程のビンセント殿下がいて、その隣に知らない男の人がいる。背は高いけど、ひょろ長いという印象を受け、落ちくぼんだ目の奥から覗く瞳は暗く、顔色も悪い。明るいオスカーのイメージとは全然違う、陰気そうな男の人だ。
「ハンサムじゃなくてがっかり?」
魔具を手にじっと動かないでいると、オスカーが笑ったようだった。
「中身がオスカーならどんな顔でもいいけど、これ、幻視でしょう? もっとハンサムにしてもよかったんじゃない? ビンセントに似せた方がよくなかった?」
「ダメダメ、ビンセントに似せたら、女の人に寄ってこられちゃうもの」
「もてるのが駄目なの?」
不思議だった。もてるのが嫌だという人は初めて見たかも。
「駄目だよ。だって僕、女の人を愛せない。この体だもんね。もしうっかり恋に落ちたら、最悪だよ。相手はがっかりする」
そうかな?
「私、オスカー、好きだけど」
そのままでもいいよ? って言うと、
「うんうん、君はいい子だね」
頭を撫でられる。完全に子供扱いだ。子供だけど……。
「私が大きくなって、オスカーに恋をしたらどうするの?」
「それはないと思うけど……」
オスカーが身を乗り出した。
「そういった台詞は、僕が言った意味をちゃんと分かってからにしようね? じゃないと、君が傷つくことになるから」
真剣な表情でそう言った。不思議だ。やっぱりオスカーの喜怒哀楽が分かる。どうしてだろう?
仕事をしつつ、オスカーの様子を盗み見る。夕闇の魔女の呪いかぁ……。どうにかして彼女に呪いの解呪を頼めないかな? そんな事をつらつら考える。魔女にものを頼む場合、必ず対価がいる。けど、今の自分に払えるような対価はない。
一生懸命魔術の勉強をして、魔女が好むような薬を作る……無理かな? 大魔女だって言ってたから、自分が作る程度の薬に興味を示すとは思えない。だったらお金、かな? お金……オスカーは王子様だよね? きっともう、王妃様がお金での交渉はしているはず……オスカー以上のお金持ちに、なんて絶対無理だ、出来そうにない。
いろいろ考え事をしていたら、
「ビー? 床はそろそろ解放してあげたら? ぴっかぴかだけど?」
ごしごし磨きすぎて、気が付いたら鏡のようになっていた。君は本当に綺麗好きなんだねと言って、オスカーに笑われる。
掃除は特に頼まれていないけど、得意なことの一つだから、時々こうして床を磨いている。オスカーが喜んでくれるのが嬉しいから。実家では出来てあたり前といった感じで、少しでも磨き残しがあると叩かれたっけ。
夕闇の魔女に直接聞いてみればいいのかな? どうすればオスカーの呪いを解いてもらえるのかって。必要な対価が何か分かれば対策立てられるかも。そう思うも、まず、夕闇の魔女がどこにいるのかが分からず、どうやってそこまで行けばいいのかも分からない。
「オスカー……」
「何?」
気のいい返事が返ってくる。オスカーの声はいつ聞いても優しい。
「夕闇の魔女ってどこにいるの?」
骸骨の顔がこっちに向いて、
「聞いてどうするの?」
「え、えっと、その……」
「もしかして交渉しようとか思ってる?」
ずばり言い当てられて、心臓が跳ね上がる。返事が出来ずに黙っていると、ため息をつかれてしまった。
「ビー……嬉しいけどねぇ、そういった気遣いは無用かな? 母上が交渉しなかったって思ってる? 母上は夕闇の魔女のところに通い詰めたよ? そりゃあもう、ありとあらゆる手を使って懐柔しようとした結果、さらに仲がこじれちゃったんだ。本当、止めた方がいい。女のヒステリーは怖いからね? 君にもしもの事があったら、僕、死んでお詫びするしかなくなるから、本当、やめてね?」
死んでお詫び……流石にそれは嫌だった。しおしお引き下がれば、やっぱり、いい子いい子と頭を撫でられる。本当にいい人なのに……。
ある日の事、オスカーが魔力鑑定士を連れてやってきた。魔具を使って、どんな才があるのか見抜いてくれる人らしい。
けど、これは、必要ない気がする。庶民ならともかく、貴族はみんな生まれた時にやるから、私にやっても意味がないと思う。あのお父様のことだから、ありとあらゆる検査をしていたはず……。
だから、がっかりされたんだ。生まれて直ぐに私は家族から見放された。メリルがいなかったらきっと死んでいただろう。彼女だけが私の家族だった。今、彼女はどうしているのかな。ちゃんと次のお仕事、見つかっているといいけれど。
「殿下、申し訳ありませんが……」
結果は予想通りのもので、私は居心地が悪かった。オスカーをがっかりさせたと思うといたたまれず下を向くも、
「うん、ありがとう。まぁ、予想通りの結果だったかな」
そんな台詞を耳にして、びっくりした私が思わず顔を上げると、オスカーが笑った……ような気がした。
「だって、あのリンデル侯爵がねぇ、我が子の検査に手を抜くわけないもの。これは単なる確認のためだよ。つまり、君の才は、魔力鑑定に引っかからないって事だよね?」
魔力鑑定士が眉をひそめた。
「魔力鑑定に引っかからない? 殿下それは……」
「そう、ほら、あったじゃない。珍し過ぎて、ここ最近は調べもしなくなった幻の才がさ。あらゆる真実を見抜く天眼。これを持ってるとさ、確か天竜を従えられるんじゃなかった? 天候を自在に操れる驚異の力だよ」
「いえ、ですが、殿下……天眼はここ数百年、どの国でも現れたって報告すらありませんよ? それに、天眼は確か……」
「うん、そう。赤い瞳のはずなんだよねぇ。文献にもそう描かれていたし、ビーの目は黒曜石のように黒い。でも、ほら……」
骸骨の手が私の顎をつかんで、あちらこちらへ動かした。すると、魔力鑑定士が息をのんだような気がした。
「殿下、これは……」
「うん、ビーの目はね、光の加減で赤く変わるんだ。盲点だよねぇ……。リンデル侯爵は我が子の顔も見たくなかったのかな? ちゃんと毎日顔を見ていれば、気が付いたはずなのに……」
お父様と顔を合わせたことなんてほとんどない。大抵は下を向いていて、見えるのは靴とか手とか、そんなところばかりだった気がする。天眼……これって役に立つのかな? もし私がお父様の役に立つって分かったら、娘だって認めてもらえるのかな? 笑ってくれるのだろうか? いつも二人のお姉様にしているみたいに……。
「オスカーはいつ気が付いたの?」
魔力鑑定士が帰ってから聞いてみた。
「ん? わりとすぐ」
あっけらかんとオスカーが言う。
「君のこと、ずっと見てたからさ、かなり早く気が付いたよ。忙しくて中々鑑定士を呼べなかっただけ」
「そ、そうなん、だ……」
ずっと見られていたと聞かされて、何だか急に恥ずかしくなってきた。変なことしていなければいいけれど……。
その数日後。部屋に飛び込んで来たオスカーから、仰天する言葉が飛び出した。
「あ、あの、いきなりで申し訳ないんだけど、のっぴきならない事態になってて……君を僕の婚約者にしたいんだけど、いいかな?」
婚約者?
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