透明な魚

雨世界

1 私はある日、魚になった。

 透明な魚


 登場人物


 海川岬 綺麗な少女 水泳部員


 島花子 憧れの少女 水泳部員


 山辺冬 後輩 水泳部員


 プロローグ


 愛をください。


 あなたの手。

 あなたの足。

 あなたの体の形。

 あなたの(目に見えない)心。 

 あなたの声。

 あなたの、……。


 ずっと、憧れてる、……水の中の、上手な泳ぎかた。


 本編


 ……痛い。胸が、心が、ずきずきと痛いよ。 


 魚になる夢


 ある日、私は魚になった。


 私は水の中にいた。

 本当に広くて、大きな水の中に、たった一人で沈むようにして、そこにいた。


 そこで私は一匹の魚になった。

 透明な色をした魚になった。

 私は魚なのだと思った。孤独な海の中にいる、孤独な一匹の透明な魚なのだと思った。


 私は、沈んでいくのだと思った。誰もいない深い海の底に。……誰にも知られることもなく、沈んでいくのだと思った。……たった、一人で。……ずっと、孤独に。


 目が覚めると、私はベットの中にいた。

 私はちゃんと人間の形をしていた。(魚になんて、なっていなかった)


 ……そのことが、ほんの少しだけ、残念に思った。


 目覚め。……あるいは、あまり嬉しくない現実の始まり。


「大好き!! 本当に大好き!!」

 私の前からさよならをして、だんだんと遠ざかっていく君は、私に向かって、にっこりと本当に嬉しそうに笑って、大声でそう言った。


 私はその君の声を聞いて、顔を真っ赤にして恥ずかしい思いをしてしまった。(なぜなら、私たちの周りには、まだ大勢の後輩を含む、水泳部員たちがいたからだった)


「……あの、島さん。あのとき、どうしてあんなこと、私に言ったの? ……それも、……わざわざ、みんなの前で」

 憧れの島さんの横を歩きながら岬は言う。


「いやだった?」

 ふふっと、いたずらっ子の女の子のような顔で笑って島さんは言った。


「海川さん。すごく綺麗で、美人だから。……つい、みんなの前で、本音を言っちゃった」

 と、にっこりと笑って島さんは言う。


 海川岬はそんな憧れの島さんの自分の褒め言葉を聞いて、またあのときと同じように、岬はその顔を真っ赤にしてしまった。(なるべく、そうならないように気をつけていたのだけど、でも、やっぱり恥ずかしくて、真っ赤になってしまった)


 それから、照れ隠しに、海川岬はその顔を島花子から、動かして、前を見た。

 ……すると、そこには真っ赤に染まった世界と、赤い大きな夕日があった。


 時刻は放課後の時間。


 海川岬は、本当に久しぶりに、中学生のとき、大好きな水泳を通して、出会ったときからずっと憧れている同級生の島さんと一緒に、(同い年の子に憧れるのは、本当はあまりいいことではないのかもしれないけれど……)二人が通っている欅(けやき)高校から二人だけで、それぞれの自分たちの家(私たちが、帰る場所のことだ)に向かって、……自分の足で歩いているところだった。(水の中を、泳いで帰るわけではない。だって、私たちは魚ではないのだから)


 季節は夏の終わりごろ。


 秋の足音が、そろそろ聞こえてくるような、八月の終わりのころの時期。私と島さんの関係が、はっきりと、変化をしたとき。


 ……ずっと笑うことのなかった、すごくクールな島さんが、(むかしの島さんは、まるで氷のような人だった。……私の憧れた、あの無敵の島さんだ。もちろん、今の島さんにも憧れているけれど……)最近、よく笑うようになった。


 それはとても嬉しいできごとなのだけど、でも同時に、それは私たちの間にある距離が、だんだんと離れていった、そんなとても(もちろん、私にとって)悲しい時期でもあった。


 私たちの関係が、私たちがさよならをする時間が、……まるで止まらない時間のように、あるいは進み続ける、変わり続ける季節のように、迫っていたのだ。(私はそのことに、ずっと気がつかないふりをしていたけど……、でも、そのときは確実に近づいていた)

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透明な魚 雨世界 @amesekai

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