夢の宴

増田朋美

夢の宴

夢の宴

暑い日だった。エアコンなしでは生きていられないという言葉がぴったりの暑い日だった。みんな、暑いと口にしている。熱中症で倒れる人も、チラリホラリといるようだ。中にはそれが原因で死亡する人も少なくない。これからの世の中は、熱中症と流行している発疹熱が死因のトップになるのではあるまいか何て予言する人も出てきた。それでは、日本もというか、世界ももう終わりではないかと、大きなため息をついて、それでも生きているという人も現れるだろうと思われる。

そんな中、沢村禎子は、いつも通り、一人息子の太君にミルクをあげて、エアコンの下にある子供用の布団に寝かせて、さて、バイオリンの練習に取り掛かろうと思った。その時、彼女のスマートフォンが、音を立ててなった。禎子は、いやになっちゃうわ、こんな大事な時に、電話なんて、と思ったが、電話に出なければ、何回も電話をもらうのを知っていたから、とりあえず電話に出ることにした。

「はいもしもし、沢村です。」

と、電話アプリの、着信応答ボタンを押す。

「ああ、あの、沢村禎子さんですか。あの、バイオリンの先生の。」

電話をしたのは、女性であることは間違いない。でも、一寸どこか幼いような感じがするのだが、なんでだろう。

「ええ、失礼ですけど、お宅様はどちらでしょうか?」

「はい、先生のフェイスブックに電話番号が書いてあったので、お電話させていただいたのです。私、土谷瑞希というものですが。」

ああ、そういうことか。確かにフェイスブックには、電話番号を載せるところがある。でも、土谷瑞希という女性と今まで知り合ったこともないし、言葉を交したことはないのであるが。

「ええ、こんな形で、依頼するのも、変だと思ったんですけど、でも、一寸お願いしたいことが在って、お電話させていただきました。メールでもよかったんですが、迷惑メールと勘違いされて消されてしまうといけないので、思い切って電話させていただいたんです。」

「依頼って何の?」

禎子は、思わずそういうことを聞いた。

「ああ、すみません。肝心なところを言ってなかったですね。あの、演奏のご依頼です。つまりこういうことです。あの、私の祖母の新盆が今年開催されるので、その時に、別れの曲とか、故人をしのぶような曲を、一曲演奏してほしいんです。」

そういうことか、つまり、葬儀のBGMを弾いてほしいという依頼だった。

「わかりました。了解しましたよ。じゃあ、その演奏をする日付と、時間をおっしゃっていただけますか?」

と、禎子が聞くと、

「ええ、祖母の立ち日は、八月の七日。原爆の日の次の日でした。あたし、それははっきりと覚えています。だから、八月の七日にお願いします。」

と、土谷瑞希さんはそういう風に答える。

「そうですか、わかりました。では、どちらへお伺いすればいいでしょうか?えーとお宅はどちらにございますか?」

「ええ、富士市中島です。あの、あずみ園という施設があるのをご存じですか?そこの近くなんです。」

禎子がそういうと、土谷瑞希さんは、そう答えた。

「10時に、あずみ園の前で待っていてくれますか?私、その時間に迎えに行きますから。よろしくお願いします。」

八月の七日か。そうなるともう二日しか猶予がなかった。まず初めに、演奏するのに太は連れていかれない。保育園に一時的に預かってもらうのが理想的なんだが、入れてもらえそうな保育園はどこにもない。こういう事も産婆さんは相談に乗ってくれるかなと思いながら、禎子は、蘭の家の番号を回した。

「もしもし、杉三です。」

あれ?番号は蘭の家の番号を回したつもりだったのに?

「あの、伊能蘭さんのお宅へ電話したつもりなんですが。」

と、いうと、

「ああ、お前さん間違った番号を回したんだよ。この電話は影山杉三の電話番号だよ。」

と杉ちゃんがカラカラと笑っている声がする。

「あの、杉ちゃん。伊能蘭さんの番号を教えてもらえないかしら。」

禎子はそういうが、杉ちゃんが、文字を読めないことを思い出した。

「ああごめん、僕読めないもんでさ。代わりに蘭に伝えておくから、用件を言ってみてくれ。」

「そうね。そうするわ。あのね、明後日に演奏の依頼が来たのよ。それで今から急に保育園に申し込みするわけにもいかないでしょ。こういう場合どうしたらいいのか、教えてもらいたいと伝えてくれる?」

禎子が杉ちゃんにそういうと、

「ずいぶん急なんだな。」

と杉ちゃんは言った。

「ええ、そうなのよ。何しろフェイスブックを見た人が、私のところに電話をよこしてきて。富士の中島ってところに住んでいる人なんだけど、中島は遠いじゃない。多分、一日時間を取られることになるわ。だから、その間に太を放置して出られないから、どこかで預かってくれる場所がないか、教えてほしいのよ。」

「はああ、なるほど。そういうことね。確かに家に置きっぱなしでは警察沙汰になってもおかしくない時代だからね。いいよ、太君は、僕たちが預かるよ。そういう施設があるか、ジョチさんにでも聞けば教えてくれるでしょう。じゃあ、七日の日、僕の家に来てくれればそれでいいから。頑張って演奏してきてくれや。」

禎子の話に、杉ちゃんはそういうことを言った。

「本当?太をお願いしてもいい?」

禎子がもう一回確認を取ると、

「ああ、いいよ。七日は、何も用事がないし、一日家にいるから、好きな時に預けてくれればそれでいいや。」

と、杉ちゃんは言った。ああよかった、これで太の心配は消えた。禎子は、大きなため息をついた。これでまた福祉局に目を付けられたら、太が福祉局にとられてしまう可能性がある。そのためにも、ちゃんと演奏するときは誰かに預けることを、習慣にしなくては。育児はそういう事もしなければならないと、福祉局と、隣のおばさんにうるさいほど言い負かされているからである。

「じゃあ、杉ちゃん、悪いけどお願いするわ。その日、杉ちゃんのお宅に行くから、太の事お願いね。」

「はいよ、任しとけ。」

杉ちゃんはカラカラと笑った。

「じゃあ、10時に相手のひとのところに待ち合わせになっているの。その前に杉ちゃんのお宅へ伺うわ。じゃあ当日、一日、太をよろしくお願いします。」

「おう、わかったよ。了解したよ。」

二人はお互い同意しあって、電話を切った。

そして、その八月七日。禎子は、予定通り、バイオリンのケースと楽譜をもった。そして太君をベビーカーに乗せて、杉ちゃんの家に向かった。太君は、なかなかのおとなしい子で、杉ちゃんに引き渡しても泣きもしなかった。じゃあ、お願いしますと禎子は言って、急いで、中島のあずみ園があるところまで、バスで向かった。

あずみ園の近くに行くと、一人の女の人が、年配の女のひとと話しているのが見えた。禎子がその様子を観察すると、どうやら、人を預かってほしいと依頼しているようである。其れも年を取った方が、若い人を預かってくれとお願いしているようなのだ。そして、若い女の人は、ところどころ、甲高い声を挙げるため、情緒障害でもあるのかなと思われるような人だった。そういう施設なのか、あずみ園は。と、禎子は、一寸ため息をつく。

「あの、沢村禎子先生ですよね。」

と、若い女性の声がして、禎子は後ろに振り向いた。

「あの、私、土谷瑞希です。」

「ああ、あなたが土谷瑞希さんですか。」

と禎子は、にこやかに彼女に微笑んだ。

「はい、先生にいきなり声をかけたりして、なんだかご迷惑だったかなと思ったんですけど、お願いを聞いて下さってありがとうございました。」

と、土谷瑞希と名乗った女性は、礼儀正しく頭を下げた。禎子は、彼女の様子を観察する。敬語を丁寧に使って、礼儀正しい女性ではあるけれど、まだ未成年者のように見える。ということは、どこかの学校にでも通っているのだろうか。まあ、この時期だから学校は休みであることはわかるけれど、こんなに暑い時に、アディダスの黒いジャージを着ていて、暑くないのかなと思う。

「じゃあ、うちへ来てくれますか。お盆だから、亡くなった祖母も喜ぶのではないでしょうか。」

と、彼女は、禎子に言った。わかりましたと禎子は、彼女の後をついていく。彼女の家は数分でついた。マッチ箱を二つ重ねたような一戸建ての家で、広い庭もついている。しかし、庭は草ぼうぼうで、このままだとやぶ蚊でもわいてしまうような気がする。

「ここでまっていてください。あたし、家族に言ってきますから。」

と、土谷瑞希は玄関のドアをがちゃんと開けて、家の中に入っていった。そのまま禎子は30分ほど待たされた。一体、彼女は何をやっているんだろうと禎子が思っていると、また玄関ドアがガチャンと開いた。次に出てきたのは中年の女性だった。

「あの、あなたはどこのどなたでしょうか、うちに何があってそこにいらっしゃるんですか?」

と、中年の女性はそういうことを言う。

「ええ、あの、土谷瑞希さんという、たぶん、お嬢さんだと思うんですけど、彼女から、演奏を頼まれて、ここへ参ったのです。」

と、禎子は正直に答えるが、

「瑞希が?」

と、中年の女性はそういうことを言った。

「ええ、おばあさまの新盆で、演奏をして欲しいと電話で言われたものですから。それはご存じないのでしょうか?」

禎子が聞くと、中年の女性は、多分、瑞希さんの母親と思わせる人物は、禎子を見てキャーッといった。

「どうかされたんですか。瑞希さんはここのお宅のお嬢さんですよね。何でそんなに驚かれるんですか?」

と禎子が言うと、瑞希さんのお母さんは、涙をこぼして泣き出した。一体何事だと禎子が、彼女を問い詰めると、瑞希さんという女性は、すでに死んでいることを聞かされた。

「でも、私をここへ連れてきたのは、まぎれもなく彼女です。もしかしたら、お盆ということもありますし、彼女はお母さんに何か言いたくて、私をここに連れてきたのでしょう。何か瑞希さんがこの世に対して未練があるんだと思います。何がお宅であったのか、話していただけませんか。」

と禎子は、落ち着いているのをよそおってそういうことを言った。表面上は落ち着いているのだが、禎子自身も非常に驚いていて、そういうことが言えたのもやっとだったのである。

「ええ、瑞希が、私たちに罰を与えたくて、多分あなたをここへ連れてきたんだと思います。私たちは、瑞希を自殺まで追い込んでしまったのは、まぎれもない事実ですから。ほんとに、もっと早く専門的な人に診てもらえばよかったんです。人間はおかしくなってからでは、何も打つ手がありません。私たちが、瑞希を殺してしまったようなもの、、、。」

お母さんは涙ながらに話した。なんでも、瑞希さんは、バイオリンをずっと習っていて、音楽家になりたいと思っていたそうなのだ。コンクールにも出場したり、慰問演奏したりもした。でも、そんな彼女に学校の先生たちは冷たかった。音楽をするのなら、無職として、お母さんを苦しめると脅かした。瑞希さんは、それを払しょくしようと、寝食を忘れてバイオリンのレッスンに打ち込んだが、その反動でうつ病になってしまい、高校も中退。そして、入院した病院で自殺してしまったというのだ。

「そうだったんですか。実は私も、バイオリニストなんです。瑞希さんがずっと目指していた。」

禎子が言うと、お母さんはそうですか、、、と言って言葉に詰まってしまったようだった。

「きっと、瑞希さんは、お母さんに何かやってほしいと思って、私をここに連れてきたんではないでしょうか。何か心当たりはありませんか。」

と、禎子がもう一回言うと、お母さんは、一寸上がっていただけますかといった。瑞希の部屋に来てほしいという。禎子は、わかりましたと言って、お母さんと一緒にその家の中に入った。まだ、お母さんは気持ちの整理がついていないのだろうか。なんだかこの家にはいろんなものが散乱していた。ということは、瑞希さんが亡くなったのは、つい最近ということになるのだろう。禎子が、居間をちょっと覗いてみたところ、仏壇があった。しかしそこに、土谷瑞希さんの遺影も位牌も置かれていなかった。もしかしたらそういうところを伝えたいのかと思った。

「こちらです。お医者さんが、飛び降りるといけないので、お嬢さんは二階では寝起きさせないようにと言っていましたので。」

と、お母さんは、居間の隣の部屋のドアを開けた。中を見ると確かに、彼女の精神は混乱していたに違いなかった。部屋にはパジャマとか洋服とかいろんなものがごちゃごちゃにおかれていた。中には音大の和声の教科書や、大量のバイオリンの楽譜などの音楽関係の本のほか、土谷瑞希が生前救いを求めたくて、読んでいたのだろうか、仏教の経典である国訳一切経の本も数冊置いてある。

「もしかしたら、瑞希さんは、この部屋を片付けてほしかったのかもしれません。私も手伝いますから、この部屋、少しきれいにしてみませんか。」

禎子は、お母さんにそんなことを提案してみた。瑞希さんがなくなっていく日たったのか不明だが、そういうことをしてほしいのかと直感的に感じ取ったのであった。

「でも、、、。」

と、お母さんは、なんだかどうしたらいいのかわからないような顔をしている。

「瑞希さんは、もしかしたら、お母さんに感謝していることを伝えたくて、それでお願いしたのかもしれません。だから、もうこの部屋を片付けてもいいんじゃありませんか。」

禎子はお母さんに頼んでゴミ袋を出してもらってきた。お母さんは、ごみにしてしまうのはちょっと大変だなという顔をしているけれど、禎子に促されて、そうねと思い直したらしい。わかりましたと言って、娘の机にあるものを、ごみ袋に入れ始めた。禎子もそれを手伝った。禎子が見る限り、土谷瑞希さんは、大変な勉強家だったようだ。何回も同じ単語を繰り返して覚えようとしたのか、B5版のノートが大量に出てきた。その中には、英単語ばかりではなく、音楽の専門用語も大量に乗っている。禎子は、自分が音楽学校にいたころは、こんな勉強はできなかったなと思って恥ずかしくなった。

「お嬢さんは、作曲の才能もあったんでしょうか。ほら、こんなにたくさんノートが。」

と禎子は、机の上にあった、大量のノートをお母さんに見せた。ところがお母さんは、それを知らなかったらしい。初めて見たといった。

「でも、これは確かに、作曲したものでしょう。ほら、このメロディ何て、素敵じゃありませんか。へえ、ピアノとバイオリンのためのソナタか。」

禎子は、音楽家らしくそういうところに目をやった。

「素敵だって、あの子には、そういうことはできなかったはずでは?」

と、お母さんはそういっているが、禎子はノートの一冊を、お母さんに見せた。お母さんは母親らしく、確かに娘の字だと答えた。

「でも、作曲をしていたなんて信じられません。だってソルフェージュの先生にも、和声聴音も得意な子ではないと言われていましたのに。」

というお母さんに、禎子は親に内緒でこっそりとやってしまうことは誰でもある事だと言った。お母さんはそうですか、と言って、そのノートは捨てないでもらいたいと禎子に言った。禎子はわかりましたと言って、そのノートを、ごみ袋の中に入れるのをやめた。

しばらく、部屋の中にあったノートとか、洋服をゴミ袋に入れる作業を続けると、部屋は、すっかりきれいになって、さっぱりとしてしまった。禎子はお母さんからモップを借りて、床をふき、入り口のマットについたほこりを、粘着テープでとった。

「あの、娘が書いた曲は、一体どのようなものでしょうか。あたし、楽譜は一応読めるんですが、娘みたいに専門的に学んだわけではないのでして。」

と、お母さんが言う。禎子は、口ずさむより、実際に弾いた方が良いと思ったので、急いで自分のバイオリンを取り出して、弓に松脂を塗って、弾き始めた。それは、確かに音楽に対して専門的な知識を持っている人間からすれば、単純で初歩的なものだったけれど、確かに、美しいメロディではあった。なんとなく、ショパンとか、ドビュッシーの影響もあるなと思った。この楽譜にはピアノ伴奏の楽譜もあった。其れと合わせたら、また違うのではないかと、禎子は思った。とりあえず、第一楽章と書かれているところまで弾くと、お母さんは涙をこぼして、ありがとうございましたと言った。

「演奏していただいてありがとうございました。この曲は、一体なんという曲だったのでしょう?」

と、お母さんが聞く。どうやら、土谷瑞希さんは曲名が流出するのは、好きではなかったのだろうか。何か、横文字でタイトルが書かれている。お母さんには読めなかったようだが禎子には読めた。これはドイツ語で、直訳すれば、「空想上の宴会」とでもいうべきだろう。でも禎子は、そのまま言ってしまうのはちょっと避けたくて、

「はい、夢の宴とでもしておけばいいと思います。正確にいうと、ピアノとバイオリンのソナタ夢の宴でしょうか。」

といった。

「そうだったんですか。そんなものを書いていたなんて、全然気が付きませんでした。もう、高校をやめる前は手のかからないいい子だと思っていたのに、そのあとはまるで地獄のような日々で。もう、専門のひとに任せるしかないと思って、病院に行ったんですけれども、、、。まさか本当に逝ってしまうとは思わなくて、、、。」

お母さんはそういうことを言っている。禎子は、見逃してしまったんだなとお母さんに言おうとしてやめた。だって、お母さんだって一生懸命育てたと思うのだ。ネグレクトをしたとか、そういう感じのひとではないもの。できる限りのことはしてくれたと思うのだ。今日は、盆の真っただ中。盆は、死者が家族のもとに帰ってくる日だという。きっとこの世に帰ってきた土谷瑞希さんは、お母さんに自分のことをもう一回見てほしくて、自分をこの家に連れてきたのだと禎子は思った。

「これを、瑞希さんだと思って大事にしてください。」

と、禎子は其れだけお母さんに言った。

「そして、後悔しないでお母さんの人生を歩んでください。」

「はい。ありがとうございました。あの、お礼をしたいので、あなたのお名前をお願いできませんか?」

と、お母さんはそういっている。禎子は自分の名を名乗ったが、お礼なんかいりませんよ、と答えた。

「それよりも、瑞希さんの気持ちをしっかりつかんだという風になってもらわないと。」

「そうですね、、、。ありがとうございました。今日は来ていただいて、申し訳ありません。」

お母さんのそのセリフに、何か意味があると思った。海外では素直にありがとうというが、日本ではまだ人手を借りると、お礼より謝罪のほうを先にしてしまう文化が残っている。それが、新しい時代に向かって最大の課題だと思う。日本が変わるにはそこを変えなければならない。

「こちらこそ、娘さんとお母さんが再びつながってくれてうれしいです。できれば、娘さんのことをちゃんと供養してあげてください。」

禎子がそういうと、お母さんははいと答えた。

その日は、お母さんにウナギをごちそうしてもらって、土谷邸を離れた。家を出ると禎子は、すぐに自分の息子を迎えに行かねばと思った。すぐにタクシーに来てもらって、杉ちゃんの家に向かう。

「こんにちは、用事が終わったので迎えに来たわ。」

と、禎子が杉ちゃんの家のインターフォンを押すと、杉ちゃんはすぐに出てくれた。

「おう、お仕事お疲れ様ね。こっちは、ずっと縫物してたぜ。太君、ミルクさえ飲んじゃえば寝てるからよ、何も手がかからなかった。ほんとはさ、ギャーギャー騒ぐのが赤ん坊なのにな。」

杉ちゃんの一言は、先ほどのお母さんの一言を思い出させた。

「そうね、其れじゃいけないわね。」

とりあえず、それだけ言う。

「まあな、今度来たときは、もっと騒いでくれるように、しっかりしてやってくれよな。」

と、杉ちゃんは、太君を禎子に渡した。

「そうよね、普通、人間は、自分の言いたいことをちゃんと言えるのが、幸せというものですもんね。」

禎子は、お盆の青空を見つめながら言った。

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夢の宴 増田朋美 @masubuchi4996

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