【短編】同じマンションに住む美少女が、ぐいぐい絡んでくる話

波瀾 紡

1話完結短編

 中三から高校に入学する前の春休みのことだった。


 友達と遊んで帰ってきた俺は、自宅マンションの1階でエレベーターに乗り込んだ。

 少し遅れて白いセーラー服を着た、小柄な少女が乗り込んでくる。


 今まで何度か見かけたことのある女の子だ。

 きりっとした顔つきに清楚な雰囲気の制服。

 きっとどこかのお嬢様小学校の生徒なのだろう。


 くりっとした目とツインテールが愛らしい女の子。

 小学生にしてはやや大人びた雰囲気ではある。きっと学校ではとてもモテるに違いない。


 俺はちょうど1年前に引っ越して、30階建ての超高層タワーマンションに住んでいる。

 とは言っても、自分の家は3階なのだけれども。


 俺はエレベーターのボタンで、自分の家の3を押したあと、続けて彼女の家である30のボタンも押した。彼女はそれを見て、ペコリと頭を下げる。


 今まで何度かエレベーターで一緒になることがあって、会釈する程度の間柄ではある。

 今まで小柄なその子のために、押しにくい高層階のボタンを押してあげたことが何度かある。そんなことは、紳士として当たり前の行動だ。


 まあホントは俺なんて紳士でもなんでない、ごく平凡な男子中学生なのだが。

 そして30階などという最上階に住んでいる彼女は、その知的でクールな雰囲気からしても、きっとお金持ちの本物のお嬢様なのだろう。


 美少女だし、将来はきっと男子たち憧れの的になるのは間違いない。そうなると俺みたいな平凡男子は、きっと相手にすらされないのだろう。


 下手したらモデルやアイドルとして、デビューしてしまうかもしれないレベルだ。


 そんなことを考えながら、エレベーター内の階数表示が1から2に変わるのを眺めていた。


 その時突然──


 エレベーターががくんと揺れて、動きが止まった。ちょうど1階と2階の間にいるようで、扉ガラスから見える外側は壁だ。

 俺は慌てて操作盤で非常用ボタンを押す。


 エレベーター保守会社の人と通話がつながったが、緊急出動するのでそれまで20分くらい、じっとして待っててほしいと言われた。


 とりあえず助けが来るなら安心だ。

 俺がほっとして振り返ると、美少女は俺をじっと見ていたようで、その黒目がちなぱっちりお目々と目が合った。


「あ、ども」


 清楚でお嬢様っぽい美少女。

 小学生にしてはほんの少し大人っぽい感じ。

 俺はちょっと緊張して、間抜けな挨拶をしてしまった。


「お兄さん、私を襲うチャンスだ……とか思ってますか?」

「はぁーっ!? 思ってねぇー! 思うわけないだろ!」


 うわ、びっくりした。

 いきなりなんてことを言うんだ、この子は?


 真面目で清楚なタイプかと思っていたが、とんだ勘違いだ。


「なるほど。私には、そんな魅力はないと?」

「あ、いや……そういうわけじゃ……」

「じゃあやっぱり、襲うチャンスだと思っているのですね?」

「魅力ある女がいたら、男は襲うもんだと思ってるのか?」

「はい」


 即答で肯定だ。

 なんで?


「そんなことはないぞ」

「姉が教えてくれました。男はみんな狼なのよと」


 なんだその姉さん。

 ここに連れて来い。

 説教してやる。


「少なくとも俺は羊だ」

「なるほど。御意です」


 極めて素直に同意された。

 しかも小学生らしからぬ単語で。


 俺から言い出したことではあるが、年下女子に羊認定されるのは少し悔しい。


「御意なのか?」

「お兄さんは何か他の答えを期待してたのですか?」

「なんだよ、他の答えって?」

「例えば……お兄さんは羊なんかじゃなくて、とっても素敵な男性ですね、とか」


 いや……羊なんかじゃなくて、はその通りだが。

 さすがに俺は勘違い男じゃないから、後半のセリフは期待していない。


「思ってもないことを言わなくていいよ」

「思ってなくも……ないですよ」

「えっ……?」


 にまりと笑う美少女の顔に、一瞬惹きつけられてしまった。

 マズいマズい。俺はロリコンではない。

 小学生相手にドキドキしてどうすんだ。


「あ……そんなことを言うと、お兄さんがやっぱり私を襲いたくなっては困ります。話題を変えましょう」

「いや、だから。襲わないって。でも話題を変えるのには賛成だ。そうしよう」

「御意」


 また御意かよ。

 よくわからん子だな。


「それではお兄さんは、昨今の政府の対応についてどう思われますか?」

「へっ……? 政府の対応って、なんの?」

「危機管理体制のことでも外交のことでも結構ですよ」


 女の子を襲うかどうかって話題から、政府の話題かよ。

 コペルニクス的転回だな。ちょっと意味が違うけど。


「お前……ホントにそんな話がしたいのか?」

「いいえ。でもお兄さんのような大人の男性は、そういう話題をご所望かと思いまして」


 大人と言われても……

 俺もようやく来月から高校生なんだが。


 でも小学生から見たら充分大人なのかもな。

 それでも大人がみんな政治の話をしたがるなんて、間違った認識だ。


「なあ君」

「私の名前はキミではありません」

「いや、名前を呼んだんじゃなくて……」

「私の名前は江口えぐち 瑠衣るいです。親しみを込めてルイルイと呼んでください」

「ルイルイって呼ぶのか……?」

「お気に召しませんか?」

「いや、お気に召さないっていうか……」


 いくら相手が小学生でも、ルイルイなんて呼ぶのは恥ずかしすぎるだろ。


「じゃあ名字と名前の短縮で、エルでもいいですよ。フッフッフ……」


 なぜかこの美少女は、目を細めてニヤリと笑ってやがる。

 悪い顔だ。

 まるでノートに名前を書いて、人を殺しそうな感じ。

 エルはその犯人を探す探偵の方だったハズだが、まあいいか。


「いや、普通に江口さんでいいじゃないか」

「それはなんでしょうか。江口って名前は読みようによってはエロと読めるからでしょうか?」

「ちげぇーよ。全国の江口さんに謝れ。ところでなんで、すぐに俺がエロいんだって方向に持っていくんだよ」

「それは失礼しました。ではお兄さんは聖人君子のような人なんですね」

「いや、それほどでも……」


 そんなふうに言われると、ついつい俺は充分エロ寄りなのだと言いかけてしまう。

 しかしこんな女の子相手にそんなカミングアウトは必要ない。


「冗談ですよ」

「えっ?」

「男性は誰だってエッチなんだってわかってますよ。だからちょっとからかっただけです」


 なんてことだ。

 小学生女子に、エロ方面でからかわれちまったよ……


「お前……」

「姉の教えです」


 やっぱりそのお姉さん、ここに連れて来い。

 説教だけでは足りん。

 殴ってやる。


「じゃあお兄さんのことは親しみを込めて、エロエロさんと呼ばせてもらいますね」

「呼ぶな!」

「えーっ……ケチっ!」

「ケチとかそういう問題じゃない」


 江口さんは口を尖らせている。

 ちょっと可愛い。


「俺の名前には、『エ』も『ロ』も含まれていない。俺の名は、エロが完全排除された名前なのだよ。恐れ入ったかね?」

「なんて名前ですか?」


 あれっ?

 ルイルイ……いや、江口さんのノリに合わせたつもりで、謎理論的に言ってみたのだが……スルーされた。


 エロが完全排除ってなんですかー!?

 ──とか、突っ込んでくるかと思ったのに。


月影つきかげ 剣士けんし。月の影に、この剣士だ」


 俺はカッコよく剣を振る仕草をした。


「なるほど。確かに『エ』も『ロ』もありませんね。ではなんとお呼びしましょうか?」


 あれっ?

 平凡な俺が唯一目立つところ。

 月影の剣士、なんてカッコいい名前。


 ほとんどの人が、『へぇー』ってリアクションするのに。

 そこも完全スルーかよ?


 コイツが心惹かれる部分がイマイチわからない。


「あの……江口さんは……」

「ルイルイです!」

「わかったよ。ルイルイは、月影剣士って名前、特に何も感じない?」

「特にってなんですか?」


 やっぱり彼女の心には何も響かなかったようだ。まあいい。


「いや、別に。どうってことないから気にしないでくれ」


 ルイルイは真顔で俺の顔をじっと見つめている。なんなんだよ?


 ──と思ってたら、口に手を当てて急にプッと吹き出した。


「嘘ですよ。月影剣士。とてもカッコいい名前です。お兄さんにぴったり」


 そしてくりっとした目でウィンクする。

 その仕草は小動物的で、とても可愛かった。


 なんだわかっていたのか。

 意地悪なヤツだな。

 しかも俺にぴったりなんて、ちゃんとお世辞まで言えるなんて。

 恐るべき小学生だ。


「じゃあお兄さんのことは、親しみを込めてこれからはツケと呼びますね」

「やめろ。金払ってない人みたいじゃないか。なんでお前は……」

「ルイルイです!」

「なんでルイルイは、そうやって名字と名前の一文字を取りたがるんだ?」

「そういう性癖だから、ですかね?」

「性癖じゃなくて、せめて癖と言え。性癖なんて、ルイルイみたいな可愛い女の子が使う言葉じゃない」

「可愛い……ですか?」


 ルイルイは目をパチクリさせて、いきなり頬を染めた。それを見て、俺もなんだか恥ずかしくなってしまった。


 そりゃコイツは美形だし可愛い。

 でも俺はロリコンじゃないから、決して恋愛対象として、可愛いと思ったわけじゃない。


「ああ。可愛いだろ、ルイルイは」

「あ、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げたルイルイは、さっきまでの変に大人びた感じよりも、素直で可愛い感じがした。


「ではやっぱりケンちゃんは、私を襲いたくなった……というわけなのですね?」

「いや、だから違うし。そういう話から話題を変えるって件はどうなった?」


 いきなり呼び方がケンちゃんになってるのは、まあ目をつぶるとしよう。


「そうでしたね。私の不徳の致すところです」


 ルイルイはペロっと舌を出した。

 いちいち小動物的に可愛いヤツだ。

 きっと同学年なら、思い切り惚れてしまうだろうなってくらい可愛い。


「では今日のところは、私を襲うのはナシということで」

「今日のところは、じゃなくて。未来永劫な」

「じゃあパンツをお見せするだけで許していただける、という理解でよろしいのですね?」

「そういう理解でよろしくない! 知らない人が聞いたら、俺が強要してるように聞こえるだろが」

「うーむ……困りましたね」


 腕組みをして、首をひねって。

 いったい何を困ってるんだコイツは?


 その時急に、エレベーターがガクンと揺れて動き出した。ふらついたルイルイが俺の腰にしがみつく。


「あっ、ごめんなさいです!」

「ケガはないか?」


 慌てて俺から離れたルイルイは、また顔が真っ赤になっている。


「あ、はい。大丈夫です。ご心配ありがとうございます」


 エレベーターは3階に着いて、無事に扉が開いた。



「じゃあな」


 俺が下りると、なぜかルイルイも付いてエレベーターから下りた。


「ん? ルイルイは30階だろ?」

「はい。でもちゃんと挨拶も無しに行ってしまうのは良くないと思いまして」


 挨拶なんてどうでもいいのに。

 案外律儀な子なんだな。


「色々とお話していただき、ありがとうございました。楽しかったです」

「お、おう。俺も楽しかった」

「ホントですか?」

「ああ、ホントだよ」

「でもホントはウザかったでしょ?」


 確かに人によっては面倒くさく感じるキャラかもしれない。でも俺は、不思議とそうは思わなかった。


 この子は根本は優しくて気づかいができるのだろうという気がする。だから本心からこう答えた。


「全然。ホントに楽しかったぞ」

「じゃあ、またこうやってお話ししてもいいですか?」

「もちろん」

「やった!」


 ルイルイはパチっと手を叩いて、ホッとしたように笑顔を浮かべた。

 そして再びやってきたエレベーターに乗り込んで、自宅へと上がって行った。


 なかなか不思議な子だ。

 でもたまに顔を合わせて、こうやってちょっとした会話を交わすくらいなら、楽しいお喋り相手になる。


 元々月に一回会うかどうかだったし、きっとこれからもそういう関係になるんだろう。


 この時は軽く、そう考えていた──




◆◇◆◇◆


 それから一週間後。

 俺は高校の入学式を迎えた。


 初めて高校に登校し、掲示板で自分の名前を探す。俺は1年A組に名前があった。

 そして校内の案内図を見て、教室に向かう。


 教室を覗くと、まだ数人しか来ていない。

 ドキドキしながら教室に入ると、すぐ前に一人の女の子が立っていた。


「えっ……?」

「えっ……?」


 お互いに顔を見て、絶句した。


「ルイルイ……?」


 小学生かと思ってたが、なんと俺と同級生か?


「ケンちゃん……? 大学生かと思ってたけど、高校生だったんですか?」


 お互いに相手の歳を勘違いしてたなんて。

 しかもあんな変な会話を交わした相手が同級生だなんて恥ずすぎる。


 相手が小学生だと思ってたからこそ、あんなに気楽に話せたのに。


 それはルイルイも同じだったようで、たまにしか会わない大学生だと思っての会話だったらしい。


「あはは……」


 俺は乾いた笑いしか出ない。

 しかしなぜかルイルイは、にへらと笑って呟いた。


「そっかぁ…… ケンちゃんは同い年なのですね。ムフフフ……」


 ルイルイのムフフフの意味はよくわからないが。


 俺の高校生活は超絶美少女と同じクラスになったにもかかわらず。

 俺には前途多難しか予想できないこんな感じでスタートを切ったのだった。


== 完 ==

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