一月前の僕は

「よっしゃーー!」

 俺天才。俺最高。これは受賞もあり得るぞ!有名になれる。どうしよう。服を買わなきゃ。それより美容院か?いや待て落ち着け。そんな事よりこの作品を提出しなければ。間違えて送ったら元も子もない。宛先確認。提出書類確認。いや待て自分の足で出しにいこう。この傑作と少しでも長く過ごしたい。財布は持ったか?持ったな。後はなんだ。まあいいか。よし出しにいこう。


 今世紀に残る大傑作が描けた。デッサンからして凡作とは比較にならない。題材の本質だけを捕らえた曲線。空白をさらけ出す直接。ドンとキャンバスに居座る題材が輝いて見える。しかしそれでも他者を拒むことはない。なぜなら完璧な配置が産み出した空白に居座ることができるからだ。我ながら天才の所業。

 しかも色彩もまた素晴らしい。自画自賛も尽きることがない。淡い白の色彩と強烈な赤。赤朱紅。全ての人類を動かす鼓動を想起させる圧倒的な赤。素晴らしい。大変素晴らしい。この朱色には自分の名が冠することだろう。レンブラントの黒すら凌駕する多彩かつ圧倒的な表現力がそこにはある。

 大天才の自分でもここまで描けたのは初めてだ。さあ歴史の扉を開こう!あと一月も立てば気軽に外へも出歩けなくなるだろう。この傑作が全ての人を魅了し世界をかけて時間すら超越し自分をあらゆる人に刻み付けるのだ。


 ふと、自分の手を見た。様々な色が手に焼き付いており完全には落とすことはできない。今はただ、その手がとても愛しかった。

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ふと、手を見る。 あきかん @Gomibako

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