静けさのなかで
との
静けさのなかで
お友達のちいちゃんはとっても怖がりなんだ。
まず大きな音がだめ。打ち上げ花火の音とか、運動会のピストルの音とか。あ、あとおじさんのくしゃみも!
大きな音じゃなくても、商店街のスピーカーからいきなり音楽が流れてきたりすると、ものすごく怖がって泣き出しちゃう。
それから人がたくさんいる場所もだめ。わたしの好きな大型ショッピングモールなんて、ちいちゃんは絶対に行けない。そういう場所にいると心臓がドキドキしてきて、だんだん動けなくなってうずくまっちゃうんだって。
一年生のときは毎日、朝わたしがちいちゃんのお家によって、手をつないで一緒に学校に行ってたんだ。
ちいちゃんはいつも決まって学校に行きたくないって言うんだけど、わたしが「行こうよ」って言うと目と鼻と口を顔の真ん中によせてくしゃくしゃな顔になって、それでもランドセルを取りにいくんだ。
でもどうしてもだめなときもあって、そういうときはわたしが何を言っても、ちいちゃんはイヤイヤをするだけで絶対に動こうとしない。
学校はちいちゃんの怖いものでいっぱい。
まずチャイムがだめ。特に授業の終わりのチャイムが鳴ると「うわー」って驚いて泣き出しちゃう。だからわたしはチャイムが鳴る前に、素早く静かにとなりのちいちゃんに教えてあげるんだ。「ちいちゃん、チャイム鳴るよ。だいじょぶだからね」って。
どうしてチャイムが鳴るのがわかるのかって? それはね、よく耳をすましているとチャイムが鳴る3秒くらい前にスピーカーから「サー」っていう小さい音がするからだよ。
授業中でも先生の質問に皆が一斉に「はい!」って言って手を上げると、ちいちゃんはすごく驚いちゃう。そうなったらちいちゃんは両手で耳をふさいで机に突っ伏して、授業が終わるまでずっとそうしてる。だから1年2組さんは手をあげるときに「はい」って言わずに静かに手だけあげるんだ。
そうやって皆で工夫していたから、ちいちゃんもなんとか学校に来てたんだけど、2年生になってわたしとちいちゃんは別々のクラスになった。
そしたらちいちゃん、学校に来なくなっちゃった。
2年生の2学期から1回も来てない。
3年生になってもやっぱり来ない。
もうわたしが朝さそいに行っても、ちいちゃんは出てこないよ。ちいちゃんのお母さんが出てきて、わたしに「ごめんねえ」って言うんだ。
ちいちゃんのお母さんの困った顔を見るとわたし、目の奥がじんじんするから、今はもう朝にちいちゃんのお家によらない。
半年くらい前からちいちゃんは昼間にお外に出られなくなっちゃったんだって。
車とかバイクの走る音とか、工事の音が前よりも怖くなっちゃったんだって。
それでどうしてるかっていうと、夜の11時になるとちいちゃんはお母さんと一緒にお外をお散歩するんだって。
車とかバイクが通らない道を選んで、歩いたり走ったりスキップしたりしてるんだって。
それで帰ってきたらご飯を食べて、朝の5時くらいまでお人形さんで遊んだり、絵本を読んだりしてるんだって。
それからまたご飯を食べて、朝の7時くらいに寝るんだって。
だから起きるのはいつも夕方の4時半くらいなんだって。
だからわたしとちいちゃんはほとんど遊べなくなっちゃった。
だってちいちゃんと遊べるのは夕方の5時半からなんだもん。わたしは学校が終わると、もともと習っていたピアノに加えて塾に通い始めたから、もうぜんぜん遊べないよ。
でも土曜日だけ遊べるんだ。
土曜日だけお母さんに夕飯を特別に少し遅くしてもらうから、5時半から6時半までちいちゃんと遊べるんだ。
わたしが遊びに行くと、ちいちゃんは怖いのを我慢していつも外まで走って出てくるんだ。「ともちゃん」て言ってにっこりして手をにぎってくるんだ。
それで2人でちいちゃんのお家でお人形ごっこをしたり、お話作りをしたりするんだ。
お人形ごっこのときは、ちいちゃんが驚くから絶対に大きな声を出しちゃだめ。
だからいつもわたしのお人形は、ちいちゃんのお人形さんが作ったご飯を静かに食べてる役なんだ。座って食べさせたり、ねっころがって食べさせたり、逆立ちさせて食べさせたりするんだけど、そのときに決まってちいちゃんはとてもおかしそうに「くくく」って笑うんだ。この前は宙返りさせながら食べさせたんだけど、もう食べさせ方を思いつかないなあ。
ちいちゃんと遊ぶのは楽しい。
土曜日の5時半から6時半は、わたしの1週間で一番静かな時間。
静けさのなかで との @tono-10no
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます