謎の襲撃者

 ふう、やっと次の村が見えてきたな。ここからツキオロチの里に着くまではどれくらいあるんだ?」

「ここから三日くらいはかかるわ。そのうち一日はたぶん野宿することになると思う」

「三日……。それに野宿か……」

 かつていた世界で自分は野宿なんてことを体験したことがあっただろうか。シードは考え込んだが、記憶はやはり戻らなかった。


 シードとクローディアは迷いの森から出た後、一番近くにある町アンドスに辿り着き、その次の拠点ハランの村へと向かっていた。

「今度着く村でも俺はやっぱり目立たないようにしなきゃいけないのかな」

「もちろんよ。小さな村だってあんたの顔を知っている人はいるんだから。アンドスの町にやってきた時にシードの顔を見たことがある人は多いと思うわ。学校の先生やったり演説を行ったりと色々やってたから」

「本当に有名人なんだな俺って。というか、この体の持ち主シードさんは」

 シードはため息をつき、先に訪れたアンドスの町のことを思い返していた。


 ※※※


 アンドスの町に到着したシードは異世界で最初に辿り着いた町を見学してみたいとシードは思ったが、クローディアからそれはやめろと釘を刺されてしまった。


「あんたは今や魔法は使えないとはいえ、森の賢者様なの。この町であんたの顔を知らない人はほとんどいない。だからフードを深めに被って大人しく待っていて。森の賢者がいきなり旅に出るなんてこと知られたらみんなどうして旅に出るんだ? って気になるでしょ」

「でも俺以外の賢者は皆殺されて世界には邪神復活の危機が迫っているんだろ。だったらみんなに賢者たちが殺されたことを伝えて邪神復活の危険を伝えた方がいいんじゃないか?」

「六賢者が殺されたなんていきなり伝えたらパニックになるだけでしょ。今のところ賢者を殺したのが何者なのか見当もついていないんだから。危機を伝えるにしてもどの程度の危機が迫っているのかさえわかっていないんだし」

「確かにそうだな。わかった、俺は大人しくここで待ってるよ」

 町の入り口の守衛所の壁にシードは寄り掛かった。

「何も町の入り口に突っ立ったまま待たせる気はないわ。町の広場まで一緒に行きましょう」

 二人は並んで歩き始める。行き交う人々は大半が人間だったが、中には自分たちの半分ほどの背丈しかない小人や逆に一回り大きい牛やら虎の頭をした獣人の姿もあった。

(本当にここは異世界なんだよな。あいつらは着ぐるみとかじゃなくて本当にああいう生き物なんだ)

 この世界には危機が迫っていると知りつつも、自分の世界とは違う異世界の姿を見てシードの心は高揚していた。

 五分も歩かないうちに二人は町の広場に到着する。広場の中央には大きな噴水があり、そこが待ち合わせの場所として利用されているようだ。

「じゃあ、シードこの広場で大人しく待っていてね」

「わかったよ。ここで町の様子を観察しているよ」

 シードはクローディアを見送ると噴水の縁に腰掛けた。町の煉瓦造りの建物や行き交う人々の中に混じっている亜人たちを観察しているだけで時間は潰せるだろう。

 エルフと思われる尖った耳を持つ細身の妖精に猫の頭を持つ獣人、トカゲの頭を持ち鱗状の肌をした亜人。このアンドスの町はさほど大きな町ではないが、けっこう多様な種族が暮らしているようだ。

 ぶしつけな視線を向けているせいか彼らのうちいくらかはシードの方をちらりと見てきたが、特に何もしてこない。人間が向けてくる好奇のまなざしには慣れているということなのだろう。

 最初のうちは通りかかる亜人や街の風景を目を輝かせて眺めていたシードだったが、そのうちにだんだんと飽きてくる。時計の類は持っていないが、体感で二十分くらいは経っただろうか。

 ずいぶん買い物に時間がかかっているな、と思いながらふと市場の方向に目を向けると何者かが自分の方をじっと見ていることにシードは気付いた。

 薄暗い灰色のローブ姿の人物でフードを被っているためどんな人物かはっきりしない。男か女か、いやこの世界ではそもそも人間かそれ以外の亜人かもよくわからない。

 謎の人物はシードの方を見ていたが、シードに見られているのに気付いたのか踵を返して市場の奥へと去っていった。

「今の奴、俺の方を見ていたよな……」

「ごめんなさいシード、遅くなっちゃって。私も長旅は初めてだから何を買ったらいいか迷っちゃって」

 

 気が付くと傍らにクローディアが戻っていた。怪訝な顔をしているシードにどうしたの?と首を傾げる。

「いや、今変な奴が俺の方を見ていたんだよ」

「変な奴って?」

 シードはクローディアに謎の人物の風体を説明する。

「うーん、シードはちゃんと目立たないようにしてたんでしょ?とはいえ顔をじっと見られたら森の賢者だってバレる可能性はあるわね」

 とはいえ、賢者と気づいたなら何らかのリアクションを取ってくるだろうからシードの気のせいだろうとクローディアは結論づけた。シードもたぶんその通りだろうと思い、謎の人物のことはひとまず気にしても仕方ないと判断した。

 二人は買い出しを終えるとそそくさとアンドスの町を後にしたのだった。


 ※※※


 そして現在、シードとクローディアは徒歩でツキオロチの里に向かっている最中だった。二人とも健脚で疲れはさほどないが、今のところ歩行困難な難所やモンスターにも出くわすことなくやや退屈な気分を覚えつつあった。

「ぼちぼちモンスターが出現したりしないかな」

「やめてよ、無駄な戦闘は避けた方が得策でしょ」

「そうは言ってもあまりに何も起こらないのもな……」

 そんな事を言い合っていると不意にガサガサと木が揺れ動く音がした。

「うおっ?言ったそばからモンスターのお出ましかよ!」

 シードはやる気まんまんに、クローディアはやれやれといった様子で音のした方向に向き直った。しかし、二人はそこで怪訝な表情を浮かべる。音がした方向には何もいなかったのだ。

「というか低木を掻き分けるような音がしたけど、こっちの方に木なんか一本も生えてないんだけど……」

 二人が見た方向には見晴らしの良い草地が広がっているだけだった。どういうことだと困惑しているうちに背後から唸り声をどたどたとした足音が響いてきた。

 そっちかよ、と意気込んでシードは杖を構えた。しかし音がした方には今度も何もいなかった。

「また何もいないな……。一体どういうことなんだよ……?」

「音の魔法ですよ。モンスターが近づいてくるような音を偽装して敵を困惑させるごく初歩のね」

 背後から聞こえた声にシードは慌てて振り返る。だが、そこにはやはり何者の姿もない。

「この警戒心のなさ、そして勘の鈍さ、これが本当に森の賢者なのか?」

 耳元でした声にシードは慌てて反応する。今度はちゃんと実体のある敵の姿があった。

 灰色のマントに深く被ったフードで正体のわからない姿、アンドスの町で見かけた奴だ。やはり俺のことを尾行していたんだ、とシードは思い至る。しかしフードを被った謎の敵はシードが構えるよりも前に懐から何かを取り出した。それは銀色のベルだった。

 謎の敵がベルを鳴らすとベルからは小気味よい鈴の音と共に色とりどりの音符が飛び出しシードに襲い掛かった。近距離から発射された音符を成す術もなくシードは食らってしまう。

 音符の直撃を食らいシードは派手に吹っ飛ばされてしまう。痛みはそれほどではないがその衝撃は巨漢のタックルでも食らったような勢いがある。宙に浮かされたシードは地面に叩きつけられた。

「ちょ、シード、大丈夫なの?」

「ああ、油断したけど視界に相手を捉えてれば多分大丈夫だ」

 地面に背中から落ちたシードだったが、上手く受け身が取れたので行動に支障はない。すぐに立ち上がると杖を構え相手の攻撃に備える。

「それにしても今の魔法は……。ひょっとして……」

「どうしたんだ、クローディア」

 クローディアは何か言おうとしたが、謎の敵にやめる様子がないのを見て一歩後ろに下がり防御態勢を取った。

「シード!杖に魔力を込めて!そうすれば相手の攻撃は弾き飛ばせるはずよ!」

 クローディアのアドバイスにシードは頷く。杖の先端が緑色の光が包まれると同時に謎の敵は新たに音符を放って攻撃してきた。

 シードは自分に向かって来る音符に対して身構えたが、謎の敵は予想外の行動をとってきた。

「なっ?」

 謎の敵はジャンプすると自分が放った音符に飛び乗り、さらに音符を乗り継いでシードめがけて襲い掛かってきたのだ。今シードに向かってくる音符に加えて謎の敵は上空からさらに音符を放ってくる。

 すべての音符はさばき切れない。どうすべきかシードは瞬時に決断した。

「えっ?ちょっとシード?」

 なんとシードは自分に向かっている音符めがけて突っ込んでいったのだ。

「うおおおおっ!!やはり衝撃が!だがこれでッ!」

 シードは先ほどと同じように音符を食らって吹っ飛ばされる。だが、後ろに吹っ飛んだおかげで上空からの音符をかわし切ることができたのだった。

「ほお……、あえて攻撃を受けることでダメージを抑えるとはな……。大したものだ」

「ベルから出る音符を食らうと吹っ飛ぶ衝撃があることは理解したからな。ダメージは食らうが利用させてもらったぜ」

「面白い……。だが、すごく奇妙だ。なぜ森の魔法を使わない?お前は森の賢者ではないのか?」

「ねえ、あなたが使っている魔法は音の魔法……。ということはひょっとして……音の賢者の……」

 クローディアは胸元を探り、森の賢者の親族であることを示すペンダントを取り出した。

「……お初にお目にかかります。私の名はリサジュ―・ポリフォニック。今は亡き音の賢者ヴォルテイジの娘です」

 そう言って謎の敵は被っていたフードを外す。そこから現れた顔はまだ幼さを残す少女のものだった。肩の高さで切り揃えた金色の髪、青くやや鋭さをかんじさせる瞳、うっすらとそばかすの浮き出た鼻、きゅっと結ばれた口元、ぱっと見で生真面目さを感じさせる顔立ちだ。

「森の賢者シード、そしてその妹君クローディア様、私は父の遺志を継ぎ世界の危機を救うため、あなた方のもとを訪れました。音の賢者ヴォルテイジのメッセージどうか受け取っていただきたい」

 リサジュ―は懐から何かを取り出す。それは手のひらほどの大きさをした銀色の円盤だった。


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七賢者のひとりに転生したけど他の賢者は皆殺しにされていました @nightvision

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