2 金曜日の彼女

 いいな、と思っている人がいる。


 毎週金曜日の夜、俺の働くコンビニに、訪れる人。すぐそばにある会社勤めのOLらしい。別に、OLなんていちいち数えてられないくらいにやって来るんだけど、その人は、一度見ただけで強烈に惹きつけられてしまったのだ。もはや、好きとかそういう次元ではなく、俺はただ毎週、その人が来るのを密かに心待ちにしている。



 まず、何がいいって、毎回必ず、きっちりお団子にして整えた髪を、解きながら店に入ってくるところ。仕事帰りにそのまま、といった風で、スーツにヒールを履いた彼女が、片手で扉を押し開けつつ、反対の手で無造作にゴムやらピンやらを外すその姿が、やけに色っぽい。豪快でも、わざとらしくもなく、彼女の中でそれは、ごく自然な動作で、嫌味を感じない適度な香水の匂いが、風向きによってはレジまでふわりと漂ってきた。そうして解いた髪は、肩甲骨くらいまであって、さっと手櫛で整えて片側に流してから、カゴを手に店内の物色を始める。

 いつも最初に向かうのは、チューハイの収まったドリンクコーナー。毎回同じメーカーのものを、味を変えて買っていく。思わず缶の重みを想像してしまうような、ほっそりとした指先で、数本を取り出す。続いてパンの棚へ行って、朝食用なのか、二つほどをさっと選んで雑にカゴへ放り込む。勢いそのままに、振り返ったところにある冷蔵コーナーから、このあと帰宅してから食べるのであろう大盛りのサラダを一つ、秒速で決めて、それも入れる。見ていて思うが、たぶん彼女は食事にそこまで頓着しない人だ。食べられればいい、ぐらいに思っていそうな気さえする。ただ、三食食べる気はあるみたいだけど。

 そしてここからが、メインの買い物。お菓子の陳列された一角へ行くと、ポテチを主としたスナック菓子を数種類チョイスして、最後にチョコレートの棚の前に立つ。どうも彼女は、チョコレートがものすごく好きらしい。もう、他のコーナーにいた時とは目の色が違う。そして、商品を選ぶのにかける時間もいちばん長い。ほとんど毎週、違うメーカーのを選んでは購入していた。


 え、見すぎだろって?…自覚はしてる。でも、知らず知らずのうちに、目で追ってしまうんだよなあ、これが。だって、店内に入ってきた瞬間の、一週間の疲労をため込んだ感じの気怠そうな表情が、カゴに商品を入れていく度にいきいきしてきて、チョコレートを選んでレジに来る頃には、ザ・華金!っていう晴れやかな雰囲気に変わってる。その変化がもう、たまらなくわかりやすくて、面白くて。下心とかそういう類の感情は一切無く、一挙手一投足を眺めているのが好きだ。一日闘い抜いて、口紅取れかかってたり、ファンデーションも若干崩れてたりするんだけど、金曜夜にやって来る彼女は、誰よりも綺麗で、輝いて見える。あ、この人は、生きてるって表情をしているなあと、漠然とそんなことを感じる。それくらい、彼女にとって、毎週金曜日のコンビニって大切な一時なんだろうと思うし、こうして自分で自分の機嫌が取れれば、人間は案外単純で扱いやすいのかもしれない。


 金曜日、俺は率先して夜勤のシフトを希望する。あの、一人のOLが、闘いを終えて髪を解きながら入ってきて、徐々に人間らしさを取り戻す様を目の当たりにするのが、俺にとっての華金だから。

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気まぐれ短編集 美雨 @ennsui

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