しあわせふうけいSOS
柳なつき
えすおーえす
彼女はたしかに確たるしあわせふうけいをもっていた、と思う。
それでも、彼女は自殺した。
鉛筆のように。そう、鉛筆のように、細く細く尖っていく世界の最先端――芯のなくなるところまで、ぐらぐら、歩いて行って、私を振り返ってそのまま、落ちた。
ぽちゃん。きっと、水音がそんなにも可愛らしく聞こえるほどの、あっけない、ありきたりな自殺だった。
あとに残されたのは、
残されたのは、
そう。……私には、いまもきこえる。
しあわせふうけい、えすおーえす。
しあわせふうけい、えすおーえす、って。
しあわせふうけいなどと申しましてもまんざらでもない世のなかですが、
しあわせふうけいなどというのは人によって異なるだろうというのが私の持論で、だから私はこの究極幸福世界で未熟で野蛮な変わり者とされる。そーゆーふうに扱われますね、とりーと。
けど私はみんなの抱くしあわせふうけいを自分にとっての幸せだと思えない。
はみだしものなのだろう。いいや、成人の前に社会なぞ捨てて社会の管轄外へ、世界のそとへ行っちまえと思いつつ、
思いつつ、――ああ早五年である。
その日も私は退屈、あるいはなんかの情動を持て余してふらついていた。
まちは、クリーン。ゴミくずひとつ落ちてやしないよ。白、ピンクに、ちょっとだけ水色。ふわふわ。しあわせふうけいに究極的まで近似の風景。でもこれ人間が住むようなとこじゃないよね? いつのまに私たちは小人になってしまったのか。
そこで彼女を見つけた。街のはずれの、いちばんはずれでのことだった。
げっ、と思った。ふわふわな彼女が私は嫌いだ。
彼女は、世界のふちに立ってた。桟橋のように、世界のそとに向かうほっそい板、
そのはじまりのところに立っていたのだ。りりん、と。
そんなところに立っていたら、おっこってしまうよ、大変だ。きっと大変大変と小人のごとく群がることをされながら戻されるよね、そうそれこそ私みたいな未熟で野蛮な変わり者がそうしてしまったら善意として鎖をつけられてやさしい監視下に置かれるに違いない間違いない。
どうしよう。声をかけて、注意したほうがいいのか。……でもしゃべりたくないなあ、あんなしあわせふうけい優等生と。
先に、向こうが気づいた。ふわっと笑うでしょ、――ああやっぱそうでしょ、
でも――そのあとの行動が、私の予想外でした、のだ。
両手を学校のラジオ体操第三よりも大きくひろげまして、
ぴっ、ぴっ、ぴっぴっぴっ。
きびきび、と。
私は、それを知っている。
太古の呪文。
えす、おー、えす。
意味は――「助けて」。
「えっ?」
私のあっけない声は静かすぎてクリーンな夢の街にあまりにも大きくあっけなく響き渡りました。
そして彼女は、
彼女は、
そのまま、
バイバイと小さく手を振って――跳んだ。
飛んだ、のだと思う。最後、には。
それが、私と彼女の交流のすべてだ。すべて、だった。
私はきょうもまっくろいコートに両手を突っ込んで徘徊を繰り返す。
しあわせふうけいの世界で、
私たちはどうすれば幸せを手に入れることができるのだろう。
そんな問いさえも陳腐であっというまに白い息に溶けてしまってゆける。
そもそも、しあわせふうけいとは。
……私はきょうも、小さくうたう。
しあわせふうけい、SOS。
しあわせふうけい、SOS……。
しあわせふうけいSOS 柳なつき @natsuki0710
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