カナリア
カナリアというのは大層可憐なイメージがあり、たぶん美しい声で鳴いていればそれだけですべてがゆるされるんだろうな、と私はずっとむかしから醒めた気持ちで思っていた。美しいもの。かわいいもの。愛されるもの。私はそういったものが嫌いで、大嫌いで。潰したくなった。話を、耳にするだけで――学校の授業においてのおとぎ話にさえ耐えられなかったのだから、私は、筋金入りに違いない、たぶん。
きっかけは隣に座る眼鏡で小柄で学ランが全身的に余っちゃってるうつむき系男子の言葉であった。
「ねえ、
「そりゃ、まあ、知ってるけど」
私はなかば驚きながら、それでもいつも通り教室において自身にあてがわれた机に教科書類やら筆箱やらなんやら、詰め込んでいった。朝の中学の気配。騒々しくて、それでいてどこか静か。学校というのはふしぎな場所だ、大層。二年前まで暮らしていた小学校だって、ふしぎな場所だといつもランドセルの裏で首を傾げていたけれど、セーラー服に学ラン姿のごく同年代のひとたちばっかり、中学校というのは、もっとふしぎだとますます私は首を傾げる。
だいたいこの机だって非効率じゃないのか。いつの時代からあるのよ、これ。昭和とかいうむかしむかしのずっとむかし、からじゃないの。表面は木目でザラザラだし、水色のおもちゃみたいな可動式引き出し、なんなのよ、これ。改善を求める、とか生徒が言ったところで、なんにも変わりやしないんだよな、うん、知ってる、知ってるー、私そういうのってめちゃめちゃ知ってるし、わきまえてるから。
「……ねえ、苅部さん。聞いてる?」
「へ? ああ、ごめん、聞いてなかった」
もう、と隣の男子は頬を膨らました。なんだその、過剰なまでの漫画的表現。ああ、あと、そういえばさ、……この男子のお名前って、なんておっしゃるんでしたっけ?
「だから、カナリアが」
カナリアがね、という発音のかたちそのままに、この口は動いた、……あれ、意外なまでによく整ってきれいなお口でいらっしゃいますこと。
「カナリアは、美しいだけの鳥だと思われているけれど、じつは金属とか掘るための鉱山とかで無理やり働かされているし、実験用にもされている――とってもえぐい話だから、女子にはおすすめはしないんだけど、どうしてもっていうなら話してあげてもいいよ。ただ、耐えられるかな。知りたい?」
ああ。
私は、感動した。胸が熱くなった。うん。……わけのわからん中学で、こんな予感を感じれるなんて。
だって目の前の男子は醜く笑っているのだ。
美しいとばかりふわふわ頭が思っている、ということに彼の脳内ではなっている、女子、めでたい生きものに対して、なんやら世界の真理とか――突きつけるのが、堪らないのだ。ああ。ああ。――愉快だね、あなた。
「知りたい。めっちゃ、知りたい」
私は机がガタガタガタッというのも構わずクラスメイトたちがぎょっとこっちを見るのも構わず、身を大きく乗り出した。
机が斜めになって、ひっかけておいた給食袋がぐわんと揺れる。
私のまとめたおさげ髪も、ゆらんと大きく揺れている。
男子は眼鏡の奥の目で驚いたことを隠しもしない。
口を横に開いて見せる歯も、やっぱり意外なまでにきれいだ。
ちょっとのけぞるように、椅子を引いた、ああ、だから、――ほら転んじゃうって!
「カナリアのえっぐい真実、知りたい、私」
「……その前に、僕の上からどいてくれるかな? 苅部さん」
男子は、苦笑するかのようにこっちを睨みつけていて。
私は、男子に馬乗りになったまま。
顔を近づけて、にいと笑った。
「どいてあげたら、世界のことを、教えてくれるの?」
シニカル気取りの、おぼっちゃん。
いままでなんにも興味はなかった。
でもね。話くらい、聴いてあげたっていいよ。
「カナリアがどんなにえぐく人間の勝手にされていて涙を誘うか。その話で、私は泣いちゃっていいの? ねえ――」
お名前くらい、訊いてあげたっていいよ、――そうしたらその名前を私は美しく呼んであげる。美しく、無邪気で、哀れな、人間に利用される――可憐なカナリアのごとくに、ね。
A topia 柳なつき @natsuki0710
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