天使に捧げる供物
母の味には秘密がある。子どもが寝顔を見せる時間、母は決死の努力をしているのだ。
深夜十一時、帰り道。ビニール袋をるんるん揺らす。オフィスカジュアルの格好のまま帰宅していく私は、どこから見ても平凡な、仕事をもつ一主婦だろう。
もうすぐ息子の寝顔を見られる。遅番の日には、いつも心苦しい。
だから、せめて。
今日も私は彼のため、おいしいごはんを作り置きしておこう。
たとえば取引先で出会った相手がとんでもないパワハラ男でも、満員電車で理不尽な痴漢男に遭っても、私はそれすら彼を育てる糧にできる。相手を妙に強気にさせる、弱々しい困り眉の笑顔は、生活においての私の武器だ。
待っていてね、息子。あなたのためなら、私はいくらでも努力できる。
るんるんとビニール袋を意図的に揺らした。ずっしりとしたお肉をもてあそぶ。
息子が眠ったあとの部屋は、こっくりと濃い闇が充満している。
寝室の彼の寝顔をそっと見つめた。愛しい息子は、すやすやと眠っている。
私は微笑む。……最愛の息子。
エプロンをつけて、キッチンに立つ。ビニール袋を開けると、むっと強い血の臭い。私は目を細めて、今晩の良い食材を歓んだ。
今日は肉じゃがにしようか。私の主婦としての経験上、肉じゃがは、その持ち主の正体が蛆虫であればあるほど美味しくなる気がするから。
調理を始める。
不器用な私なりの愛情は、彼にとっては母の味。
人間ともいえなかったクズどもの肉は、彼をすくすくと育てていく。
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