氷の華には

立花道露

氷の華には

『まるで、氷の華のようだ』

 それらは見た目は綺麗でも、触れたらどうしようもなく冷たい、茨の森に咲く氷の薔薇だった。



「やっほー!私だよ!今日も元気にやってるかい!さーて!今週のお語はこちら!」

 人気売れっ子漫画家の桜ちゃん。

 その物語の甘酸っぱさと本人の天真爛漫なキャラクターからメディア露出も多い美少女女子高生作家だ。


 そんな彼女と知り合ったのは、とある冬の日。道端で立ち尽くしかじかんだ指をどうにもできなかった彼女に、ホットココアを渡したのがきっかけだ。

「いやーほんま助かったわ!君ええ子やなぁ!その制服、同じ高校のやろ!こんなイケメンおったんやなぁ!」

 それから僕と彼女は学校でも話すようになり、彼女の著書についても、あまり本を読まない僕でも目にしたことがあるほど有名だった。

 読んで感想を伝えようかとも思ったけれど、そんなこもとよりも彼女と話すことが楽しくて、取材旅行と題して一緒に出かけて、美味しいものを一緒に食べて、同じ景色を見ていたかった。


 彼女と過ごす時間は楽しかったけれど、僕には既に好きな人がいて、その子とも良好な関係を築いていたんだ。


 そんな折、僕はしばらく彼女と出かける余裕がなくなっていた。学校では話すが、どこかに遊びに行くこともなくなり、近くて遠い距離感で過ごしていたんだ。

 彼女も仕事が忙しそうだったしね。


 それで、その疎遠期間中に彼女の本を読んでみたんだ。

 暗くシリアスな話で、心理描写や仕掛けが読者を引き込む本当に面白い話で。

 でも、僕にはそれが、どこか助けを求めてるようにしか見えなくて。

 そして月刊誌で最新話を読んだとき、「彼」が登場した。

 冷たい主人公に寄り添って、真摯に話を聞いてくれる男の子。彼女の荒んだ心がすこしずつ融けていき、恋愛要素も増えて作品の人気に更に拍車がかかっていく。

 そう……いつか見た、ココアや、桜や、プールと同じ景色が、そこには描かれていて―――



 ※



 皆は、うちを褒めてくれた。天才だって、面白い話だって。憧れた大先生のような素敵な作家として、読む人を感動させられる本が書けることがうれしかった。

「面白いよ。特に犯人の動機が胸を打つ」

「焼けるような心理戦に震え上がりました!」

 でも……もらえる賞賛は、どれも冷たさすら感じて……

「はぁ……なんか、楽しくないなぁ……」

 なんのために、話を書こうとしたんやっけ。なんで今も、締切に追われて友達との遊びを断っているんやろうな……。

 寒空の下、道に迷うように立ち尽くす。道はそこにあるのに、凍えて動けない。

 そんな、時だった。

「あの……きみ、寒くない?」

 柔らかなその瞳が、そこにあって

「今日寒いからさ。風邪引くよ。よかったらこれ飲んで」

 同じ学校の制服……でも、うちのことを知らない男の子。道端で立ち尽くす女の子を助けてくれる、本当に優しい男の子……。

「なんや君、優しいなぁ……こんなイケメン、うちの学校におったんやなぁ」

 彼は、年下の男の子だった。一つ下の学年で、控えめで可愛い男の子。

 うちは彼の事が知りたくなった。どんなものが好きで、どうしてそんなに優しいのか。

 それからは、締切の隙間を見つけては遊びに誘った。あのお店が気になってると、取材したいからと無理を言ってついてきてもらって。

 彼といる時間は、とても心が安らいだ。ぽわぽわとしたゆたんぽみたいに、優しい気持ちになれる。

 でも……そんな彼も、段々うちを避けるようになった。

「ごめん、今週はバイトで……」

「ごめんね、お昼は先約があって」

「また誘って」

 ………………嘘つき。


 投げかけられる言葉は、どれだけ美しくても、暖かさなんかどこにもない氷の華のようだった。

 氷の茨に閉ざされた、薔薇園のオーロラ姫。

 そんな彼女うちに初めて、そっと寄り添ってくれたのがあの男の子で。

 そんな彼に恋をするのは至極当然で。

 せっかく茨の森から、出られたと思ったのにーーーっ!


 ※


「……そっか。そういう、ことだったんだな……」

 最新刊を読み終え、急いで彼女の元へ向かう。家は知っている。でもいない。教室にもいるわけがない。どこだ。どこだ。どこだ。

 僕は嘘つきだった。君を大切にしきれなかった。その事をどうか許してほしい。また笑ってほしいんだ。あの暑苦しいほどの元気がほしいんだ。

 まるで彼女の心をうつした空模様。どんよりと重くのしかかる空気。ぽつぽつと降り出す雨。

 まるでいつかの、寒空を思い出す空の中。

 道を見失って立ち尽くす、その後ろ姿を認めて―――


「君、寒くない?濡れたままだと風邪引くよ。よかったらこれ飲んで」


 それは何の変哲もない缶ココア。すぐそこの自販機で買ってきただけの缶ココア。


「なんや君、優しいなぁ。こんなイケメン、近くにおったんやなぁ……」


 その小さな温もりは、氷の茨を溶かすだけの熱量を持っている。


「漫画の方は美化し過ぎかな」

「まだ足りんくらいや」


 晴れ間に照らされた頬は、拗ねた桜色をしていた。

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氷の華には 立花道露 @hakuro_3

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