最後の審判

@1357milk

……

2096年7月27日月曜日午前5時07分

自分、これから自殺します。


話は3年前に遡る。高校に入学したばかりの自分は、ある男の子に恋をした。いわゆる国民的王子と言われる存在だ。王子の名は侑斗。王子はとても優しく、頭が良く…。自分はそんな王子にいつしか心を奪われていた。王子とは同じ電車だったこと、出席番号が隣だったことから、少しずつ話すようになってしまった。そして、自分は高校生活の中で侑斗くんとしか仲良くできなかった。

あ、自己紹介をしていなかった。自分は未恵。とにかく根暗で、オタクで、ブスで、友達作りなんて絶対無理という完全陰キャ。でもどうしてこんな自分が侑斗くんと仲良くできたか?それは向こうがずっと話しかけてくるからで…。こっちとしては、なんかキラキラしたカースト絶対的上位の侑斗くんが話しかけてくるなんておかしいと思ったし、そもそも自分、極度のコミュ障だし。それで最初はずっと無視してた。本読んでる振りとか、聞こえてない振りとか。でもね、王子は懲りずにずっと話しかけてきた。かれこれ半年くらいだった気がする。それでこれはさすがに可哀想だし、何かどうしても話したいことがあるのではないかと、自分のアンテナがそう察知したため、返事をしてみた。そしたら王子は笑顔でこう言ってきた。

「あ、やっと聞いてくれた!ずっと無視されてて俺、悲しかったんだよ??未恵ちゃん」

み、未恵ちゃん…。そんな風に自分を呼んだのは王子が初めてだった。未恵ちゃん…。うーむ。居心地が悪い。やはり無視し続けるべきであったか。

「ねえ、また無視しないでよ~!ねね、俺ら同じ電車で出席番号も隣!仲良くしよ?」

ああ。どうしてこの世は不公平なんだ。というか、なぜ陽キャが自分のすぐ近くに?!自分は陰キャ。類は友を呼ぶ、という諺を聞いたことがあるがそんなことないでは無いか。自分と王子、正反対の立場の人間であるゆえ、関わりたくなかったというのが本音だ。しかし何故だ。自分は返事をしてしまった。どうして、こんなにも自分は馬鹿なのか。自分と王子とは住む世界が違いすぎるというのを忘れたのか???

「どーした?そんな難しい顔して。あ、分かった!俺がずっと話しかけてる理由が知りたいんだ!そうだろ!」

ギクッ。な、なぜバレた。千里眼か?だとしたらこいつは気をつけねばならない。だがしかし、相手は千里眼を持つ男。この男に勝てる者など、この世に存在するのだろうか?これはもはや諦めて、明るい振りを装って…

「う、うん!」

しまった。声が裏返ってしまった。やはり普通に話すべきなのだろうか。

「無理しなくていいって。未恵ちゃんは未恵ちゃんのままでいいんだよ。ほら俺さ、結構陽キャって思われがちなんだけど、実は違くて。陽キャを作って演じてんだよね。」

なんだなんだ。これは王子が偽物で、実は悪魔だったという展開か。これは気をつけねばならぬ。

「中学の時までの俺はね、地味で根暗でゲームオタクで…。それだからクラスに馴染めなかったんだ。だから高校で引っ越して、イメチェンしたって訳。」

ん??話の展開がよく分からない。

「それで高校に来てみたら、未恵ちゃんがいてさ。なんかちょっと前の自分を見てるようで、つい仲良くしたくなっちゃったんだよね。だからさ、僕と友達になってくれませんか?」

「え…?今なんて?」

「だ!か!ら!僕と友達になって下さい!」

こんな自分に?友達?いやいやいや。これは何かの罠。だって相手はスクールカーストトップ。自分は底辺。違いすぎる。何かの間違いだ。だがしかし、鼻から王子がちょっと前まで陰キャだった説を信じないのもなんか申し訳ない。

「えっと、じぶ、いやいや、私なんかでよければ。」


こんなことがあってから1年。その間、私たちはたくさんしゃべって,たくさん遊んで、今までの生活からは全く想像できないようないわゆる“青春”ってやつを送った。共通の趣味だったゲームを語って、池袋に行って、グッズをたくさん買って。カラオケではアニソン歌って大はしゃぎ。自分が陰キャだということ、王子とは関わってはいけないということをすっかり忘れて。


そんな感じで今までにないくらい笑うようになった。


そう。


あの女が出てくるまでは。


あの日は台風が近づいていて雨足がだんだんと激しくなっていた時だった。1人の転校生が私たちのクラスにやってきた。名前は光莉(きらり)。侑斗の小学校、中学校の同級生だということは、後から知った。侑斗くんは知らんぷりして、いつも通り私と仲良くしてた。


「おい侑斗。」


この一言で私たちの青春は幕を閉じた。なんでかって?いきなり光莉が侑斗くんを殴ったから。そしてこう言い放った。

「陰キャのくせになに陽キャぶっちゃってんの?は?頭おかしいんじゃない?うちらから逃げられるとでも思ってたわけ?」

この言葉にクラスの全員が凍りついた。え、何この子?って。でもその子はお構い無しに言い続けた。

「せっかくずっとお前のいるべき立場を教え込んできたのによ、勝手に外に出て?しかも陽キャに成り上がって?そんなことしてうちらが許すとでも思ってんの?」

そう立て続けに侑斗くんに怒鳴ってた。そしたら私に気づいたらしく、

「あら、女の子とイチャイチャですか!あーそうですか!お前も立場わきまえろよ。あ?こいつは、女の子なんかと喋っていい身分じゃねーの。勝手に仲良くしないでくれる?」

さすがにブチ切れそうになった。というか、ブチ切れてた。でもその瞬間、先生が入ってきて、その場はなんとか鎮まった。


それから私たちはなんとなく距離を置くようになった。そのことに気づいた光莉は気を良くして侑斗をじわじわと虐めるようになった。最初は筆箱盗んだり、周りを巻き込んで侑斗くんをシカトしたりとか、小学生っぽいこと。でもだんだんエスカレートしてきて、財布やスマホ盗んだり、靴の中にカミソリ入れたりするようになって、侑斗くんはどんどん暗くなっていった。そう。前の私や侑斗くん自身のように。どんどん陰キャになっていく侑斗くんを、そして虐めがエスカレートしていく光莉を見て、クラスのみんなはだんだん何かに怯えるようになっていった。おそらく光莉に。光莉に目をつけられたら虐められる。そういう空気になって、みんな光莉の味方側についてしまった。誰だってそうだよね。国民的王子なんて騒がれた侑斗くんが一気に陰キャに転落していくのを目の当たりにして、がっかりしちゃった子も居るだろうし、何より自分が侑斗くんと同じ運命を辿りたくないって気持ちがあったんだと思う。だけど私は侑斗くんの友達であろうとし続けた。だって私を、あんなに暗くてクラスに馴染めなかった私をここまで明るくしてくれたのは、侑斗くんだ。笑顔を覚えさせてくれたのは。そんな侑斗くんをこんなにも変えてしまった光莉が私は許せなかったし、また侑斗くんの笑顔を取り戻せるのも私しかいないと思った。というか、取り戻す責任があると思った。感謝の気持ちを込めて。

そんな私の気持ちとは裏腹に、侑斗くんは不登校になった。クラスのみんなからも忘れられて、まるで侑斗くんは最初からいなかったかのようにみんな振舞っていた。そんな空気が嫌で嫌で、私は高校を中退したいと親に必死に頼んだ。通信制の高校に変えたいと。でも私は、理由が言えなかった。侑斗くんが虐められて不登校になったこと。そして私は侑斗くんのことを…。今は後悔してる。あの時もっと侑斗くんに寄り添っていれば、話を聞いてあげれば。私は侑斗くんに思い切って連絡してみた。

「元気?ノートのコピー送った方がいい?」

すぐに返事は来なかった。

年が明けて、侑斗くんはようやく連絡をくれた。

「全然返事しなくてごめん。今からでもちょっと会えないかな?」

私は嬉しかった。侑斗くんは私に会いたいんだ、嫌ってなかったんだって分かったから。そして私たちはいつも待ち合わせに使っていた公園で待ち合わせた。そこには光莉がいた。

私は不思議に思った。なぜ光莉がいて侑斗くんがいないの?私は侑斗くんと待ち合わせをしたのに。もしかしたら遅れて来るのかな?そんなことを考えていると光莉は近づいてきてこう言った。

「侑斗なんてとっくに死んでるよ。」

私は悪夢でも見てるのかと思った。信じられなかった。侑斗くんはもう死んでる?そんなわけない。だって、ついさっき連絡とったもん。それに侑斗くんは、…侑斗くんは!!!

「まだ分からないの?さっき連絡してたのは私。あいつの携帯はずっと私が持ってた。あいつが友達と連絡取れないようにね。」


「そして連絡してきたやつをターゲットにするために。」


私は背筋が凍った。ターゲット。私はこれから虐められるのか。侑斗くんと同じ目に?そんな!

「そんなのおかしいよ!」

私は恐怖を押し殺して反抗した。遠くに行ってしまった侑斗くんのことを想って。

「なんで侑斗を虐めなきゃいけなかったの?なんで侑斗くんを死なせたの?そんなことして、一体どんないいことがあった訳?侑斗くんが死んじゃったら家族が、友達が、どんだけたくさんの人が悲しむか、そんなの想像つくでしょ!それとも何?あなたには想像力そのものが欠けてるって訳?それに私を騙してここに来させて、これからは私が虐めのターゲットだ?は?ふざけんじゃないよ!あのね、私は侑斗くんが話しかけてくれたから今の自分があるの。私はそのことをとても感謝してるし、これからも侑斗くんに感謝の気持ちを持ち続ける。侑斗くんの何を知っててあなたは侑斗くんを殺したの?高校に入る前に何かあったんだろうし、そこは私にはなんとも言えない。でもさ、あなたは1人の人間を殺したの。たとえ自分が直接刺したとかじゃなくても、自分の行動次第で人を死に追い込むことなんて、簡単なの。それであなたは殺人を犯しているにも関わらず、新たな犯罪に手を染めようというの?ふざけんな!お前は精神的な殺し屋だ。そんなに他人を虐めて何が楽しい?他人が苦しむ姿が見たいとか、自分は誰よりも上の立場にいたいとか、どーせそんなくだらない個人的な欲望だろ?そんな欲望でも他人を殺すんだよ。そんなことすらわからないなんてお前はクズだ!この世のゴミだ!」

私は言いたいことをとにかく叫び続けた。侑斗くんがいないことが辛くて、たくさん泣いた。少しでも光莉に命の大切さ、虐めがいかに人を変えてしまうかの恐ろしさを分かって欲しい、そして何より他人との関わり方で人間はいくらでも変わるということを知って欲しかった。必死に言ったら虐めをやめなくとも少しは心に留めておいてくれるだろうって。でも私の願いも虚しく光莉は烈火の如くこう捲し立てた。

「あんた何いい子ぶっちゃってんの?それで周りの奴らを味方につけようとしてんの?知らないようだから教えてやるけど、私と侑斗は幼稚園からずっと同じクラスなの。12年もね。あいつは初めて会った時からウザいなと想ってたよ。でもまあ、幼稚園の時は虐めようという気持ちはあんまし起きなかった。まあ、虐めっていうのはどういうものか知らなかったし、そもそも幼すぎたし。で小学校3年くらいから、いい加減に消えて欲しいな、って思うようになって、同じこと思ってる奴らを巻き込んでじわじわ虐め始めた。あんたが見てたように、ちょっとした意地悪から始めてね。それでだんだんクラスを味方につけるようにした。先生に初めて気づかれたときにはもう学年で虐めてた。親も巻き込んで、家族丸ごとね。もう手遅れだったってわけ。それが中学3年の秋。その前からあいつはずっと高校で引っ越すことを決めてて、親も着々と引越しの準備をしてた。もちろん周りの人たちにバレないようにね。で、高校に入ったらあいつが消えてたってわけ。最初は自殺したんだと思った。これであいつは消えたと思った。嬉しかった。みんなで喜んだ。あいつは死んだぞ!って。それで1年くらいかな。あいつがいない世界はこんなにも素晴らしいんだ、って思って生活してた。そんな時、東京に旅行に行った奴が見つけたんだ。侑斗を。しかもなんかキラキラしてやがる、って。腸が煮えくり返った。あいつは死んだんじゃない、逃げたんだって。そこから私たちは夏休み返上であいつの学校、住所を探し出して、当時のトップだった私が責任を取って、あんたらの学校に編入した。そしたらあの野郎、この私を無視しやがった。今までずっと私の下僕だった侑斗が。しかもお前みたいな女と仲良くしてやがった。友達なんていらない、ってずっと言ってた奴が。あれは嘘だったのか。主人に嘘をついていたとは、大した度胸の持ち主じゃねえか、ってね。だからまたじわじわと虐めることにしたんだよ。ま、前の耐性があるだろうからどんどん虐めたがな。ところがどうだ。あいつはあっという間に倒れた。何だかつまらなかった。というか、虐め足りねえと思った。だからあいつの味方をしようとする奴をいじめようと思ったんだ。この気持ちが分かるか?」

分からない。分かりたくもない。そんなぶっ飛んだ話。こいつはどうかしてる。でもここで折れたら侑斗くんが報われない。その一心で私は抵抗し続けた。

「私はあなたとは違うから、あなたの考えは全く理解出来ない。理解したくもない。あなたは、ターゲットが死んだら嬉しいの?それだったら今すぐ精神科に行けよ!その腐り切った頭、治してもらってこいよ!」

その瞬間、私は激しい痛みと共に意識を失った。


目を覚ますと、目の前には真っ白な天井と両親の顔がぼんやりと見えた。

「未恵?未恵!分かる?」

必死な親。そんなこと聞かれなくても、元気なのだが。自分はそう思って起き上がろうとした。だけど…

「痛っっっっっっ!」

全身に痛みが走った。親が言うには、誰かに散々殴られてかなりひどい怪我をしていて、意識が無かったためにたまたま通りかかった人が救急車を呼んでくれたらしい。それにしてもひどい怪我だ。そもそもなぜ自分は怪我をしたのだろうか。分からない。自分はなぜこんなにも恵まれないのだろうか。名前のせいか。疲れたなあ。


それから3ヶ月。ようやく学校に行けるようになって、高3からまた戻ってきた。光莉さんはまだいた。自分を見るなり光莉さんは、

「なんだ、中退したんだと思ってた。度胸だけは認めてあげてもいいよ?」

何のことだろうか?自分はこの人と何かあったのだろうか。分からない。とにかくクラス確認しないと…

「シカトしてんじゃねーよ!!!」

な、殴られた。

「痛っっっっっっっっ!!!」

腹部を殴られたはずなのに、頭部の痛みの方が激しく、思わずしゃがみ込んでしまった。それを見てその人はさらに危害を加えてきた。何だろう。この暴行は初めてではないような気が…。


「!!!」


思い出した。あの日、大怪我をしたあの日、私はこの女と会っていた。そして今よりももっと暴力を振るわれた。侑斗くんにしてたみたいに。


「た、助けて…」

誰の耳にも届かないくらい小さな掠れた声しか出なかった。周りはみんなクラス替えのことで頭がいっぱいで、私がどれだけ酷い仕打ちを受けているかなんて、気にしてなかった。いや、気づいてなかった。チャイムが鳴ると同時に私への暴力は終わった。一時休戦って感じ。私はもうボロボロだった。いっそ死にたいとも思った。でも、これくらいでへたばったらまた他の人に光莉が危害を加えるんじゃないかと思うと、不登校にはなれなかった。だから毎日必死に通い続けた。どれだけ殴られようと、蹴られようと。そんな生活が続いたある日、私に限界が来た。もうかなり前に限界を超えてたかもしれない。それに侑斗くんが遺した遺書を知ってしまったのもあるのかもしれない。その遺書にはこんな感じのことが書いてあった。


僕はただ明るいスクールライフを送ってみたかっただけなのに。頑張って女の子に声をかけて、仲良くなって。あんなに笑えたのはあの時だけ。未恵ちゃんには僕の明るいところだけ知ってて欲しかった。暗いところに目を向けて欲しくなかった。でも未恵ちゃんはずっと僕の味方でいてくれた。ありがとう。これを未恵ちゃんが読んでくれるか分からないけど、いつか読んでくれることを願っています。そして、僕と仲良くしたことで光莉に目をつけられてしまったら、本当にごめんなさい。光莉は昔から変わらないんだ。僕が辛かった時、未恵ちゃんはいつも寄り添っていてくれた。だからもし未恵ちゃんが辛い時は、見えないかもしれないけど、僕がいつもそばにいるよ!


泣いた。ただただ泣いた。自分のそばに侑斗くんがいてくれてる。でも姿は見えない。私が会いたいのは侑斗くんだけ。その侑斗くんが見えないなんて悲しすぎる。


そして自分は不登校になった。何もしないのも好きじゃないゆえ、絵画を見た。ミケランジェロの『最後の審判』だ。この絵を観た瞬間、自分は閃いた。自分も死ねば、侑斗くんに会えるんじゃないか。



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