メテオラ 禁断の果実

雨世界

1 その恋は、魔法、ですか?

 メテオラ 禁断の果実


 登場人物


 メテオラ 魔法使いの男の子


 マリン 魔法使いの女性 人間に恋をする(人間になるのが夢) 天才的な頭脳を持っている


 プロローグ


 恋の季節の始まりです。


 魔法使いという種族について


 その一、魔法使いは空を飛んで一生を終える種族である。

 その二、魔法使いの魔法とは空を自由に飛ぶことである。

 その三、魔法使いはその生涯をかけて自身の魔法使いの研究をする。

 その四、魔法使いは森とともに生き、森ととにも死する種族である。

 その五、魔法使いが死ぬと、その魂は根元の海と呼ばれる場所に還っていく。

 その六、魔法使いは魔法樹という大樹を信仰する。

 その七、魔法使いは他種族と交流を持ってはならない。


 本編


 その恋は、魔法、ですか? 


 魔法使いだって、私だって、恋をするんですよ。……本当ですよ。


 メテオラがマリンさんと出会ったのは、本当に偶然の出来事だった。でも、それはある時期から振り返って考えてみると、二人の出会いはただの偶然ではなくて、必然であり、それはつまり、『運命の出会い』だったのかもしれないと、そんなことを夜眠る前にふと魔法の森からいなくなってしまった、……人間になってしまった、マリンさんのことを思い出して、メテオラはときどき、考えることがあった。


 人間の国に行ってしまったマリンさんは今頃、どうしているんでしょう?

 ……マリンさんは、(その望み通りに)人間になって、幸せになれたのかな?


 そんなことを考えると、なんだか思考がぐるぐると同じところを回転してしまって、うまく眠ることができなくなった。


「……メテオラくん。恋ってなんでしょうね? 恋って、どんな気持ちなのか、……メテオラくんにはわかりますか?」

 

 ずっとなにかの問題に悩んでいる顔をしていたマリンさんは、メテオラの横で、そんなことをメテオラに言った。


 二人は大きな秋の色に染まった赤と黄色の落葉樹の根元に一緒に並んで座っている。

 そこで、涼しくなった秋の風を感じながら、ただ、ぼんやりと、透き通るような気持ちのいい青色の魔法の森の空の風景を眺めていた。


 マリンさんはその大きな黒色の瞳の上に銀色のメガネをかけている。その眼鏡の奥の大きな黒い瞳は、潤み、視線はどこかとても遠いところに向けられていた。いつもの、あらゆる真実や真理を見通しているような、マリンさんの透き通るような、あるいは少し攻撃的でさえあるような、そんな学問の果てを追求するような、メテオラの大好きな瞳はなかった。天才的な頭脳を持つ、『魔法の森の知恵の泉』と呼ばれている(どんな問題も、相談すれば、相応の対価と一緒に解決してくれる)マリンさんの瞳は、ぼんやりとしていて、このときは、どこかとても弱々しくみえた。


「わかりません。……言葉としては、一応、理解できるのですけど」と少しだけ困った顔をして、メテオラは言う。(そのときメテオラは、ある一人の女の子のことを、そのぼさぼさな髪の毛をした、小さな頭の中に思い浮かべていた)


「私ね、実は、恋をしているです」

 ……はぁー、と本当にため息をつきながらマリンさんは言った。

 マリンさんは大きな木の幹の根元で、体育座りをしていたのだけど、さらにぎゅっと、まるで自分自身を抱きしめるようにして、小さく、丸くなるようにして、少しの間、そのままの姿勢でじっとしていた。


「普通の恋じゃありません。禁断の恋。決してしてはいけない恋を、です」

 そう言って、マリンさんは顔をあげると、メテオラを見て、とても悲しそうな顔で、……にっこりと笑った。


「……マリンさん」

 メテオラは、(マリンさんの名前を呼ぶこと以外は)なにもいうことができなかった。

 メテオラはマリンさんに、周囲の人たちを自然に照らし出すような、いつものように本当に明るい太陽のような笑顔で笑って欲しいと思った。でも、どうすれば、そんなことができるのか、今のメテオラには、なにも、……本当になにも、わからなかった。

 その日、メテオラは結局、マリンさんになにも言うことができないまま、「じゃあ、私はそろそろ帰りますね。話を聞いてくれてありがとう。メテオラくん」とマリンさんが言って、マリンさんとその場所でさよならをした。


 マリンさんが恋をした人間の男の人と一緒に、魔法の森を抜け出したのは、それから一週間後のことだった。


 その森を抜け出す、最後の夜の時間に、マリンさんはメテオラの家を訪れた。

 とんとん、と玄関の扉をノックする音が聞こえる。


「はい。どなたですか?」

 メテオラは言う。


「私です。マリンです。メテオラくん。こんなに遅い時間ですけど、少しだけ家の中でお話をさせてもらってもいいですか?」

 その声は間違いなくマリンさんの声だった。でもなぜか、その声は、いつものマリンさんとは、どこか違っているように、メテオラには聞こえた。


「もちろんです。どうぞ」とメテオラは言って玄関の扉を開けた。

 

 すると、そこにはマリンさんが立っていた。


 その少し恥ずかしそうな顔をしながら、夜の暗闇の中に一人で立っているマリンさんの姿を見て、……メテオラはすごく驚いた。


 なぜならそのとき、マリンさんはもう、魔法使いではなくて、『禁断の果実の力を使って、一人の人間の女性になっていた』からだった。


「こんばんは、メテオラくん」

 顔を赤く染めながら、人間になったマリンさんは、呆然とした顔をしているメテオラにそう言って、小さく、にっこりと笑った。(メテオラが人間の女性を、絵や写真ではなくて、自分の目で直に見るのは、このときが産まれて初めてのことだった)

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