どの時代の人であれ、失ってから(過ちを犯してしまってから)気づくものってありますよね。それを繰り返してしまうのが人間というか。
パラン氏がどうしたら幸せでいられたのか考えたのですが、この妻と結婚したのがそもそもの間違いだったのではないかと。年を召したお金持ちが、性格が良いとはいえない若い女と結婚するってあるあるですよね。そうした女性を選んだ以上、目を瞑らないといけないことは多いのかもしれませんね。
この女を選んだのは自分。そう割り切って、不倫に目を瞑ることができたなら、ジョルジュ君と良い親子関係を築けたでしょうね。
パラン氏は哀れな男性だし、復讐したくなる気持ちもわかるけれど、ジョルジュ君を傷つけるのは違うんじゃないかって思います。復讐するなら、元妻と親友に直接やらないとね!(お金を送らないぞって脅せばいいのにね、と思ったり。でもそうせず、お酒に溺れるのがパラン氏なのでしょうね)
作者からの返信
遊井さん、コメントありがとうございます。
そうですね、そもそも結婚したのが間違いってことになってしまいますね。原作では妻の背景が少し書かれていますが、持参金のないどこかの店の娘がたまたまお金持ちに見初められたというパターンですね。パラン氏は育ちのいい坊っちゃんですが、逆に妻のような女に免疫がなかったのでしょう。だからあんなに冷たくされても信じていたという……。
女中の暴露にしろ、「あなたのため」といって真実を告げることが正しいのか、そこも考えさせられます。一番の不幸は、あれだけ愛していたジョルジュがパラン氏の中で敵になってしまったこと、そして彼を傷つけたことですね。
お金を送らないと奥さんが大騒ぎしてスキャンダルになるでしょうから、外聞も気をつけなきゃいけない人たちは気苦労が多いと思います。そうなるともうお酒に逃げるしか……。ある日ブラッスリーの片隅で眠るように亡くなれば幸せなのかもな、なんて想像します。
実に、色々と考えさせられるお話でした。特に僕は今、愛情とはなんなのだろう?というテーマに雁字搦めの状態にある為、このお話は突き刺さりました。
経済と修身の問題。倫理礼節の問題。次世代への承継問題。これらをひっくるめた、自身、他者、種、存在といった多層においての、愛の考察と追究について。たぶん僕らは、真剣に考えねばならないはずだと思うのです。
近視眼的だと、どうしても袋小路に嵌りやすい。そこで、僕は『最後の子問題』というテーマを勝手に打ち上げて、ウロウロと考えることにしてます。人類が徐々に滅ぶとしたなら、最後の子が残されることになるはず。僕はその子を想うことができるか、その子のために何かし得るか。
そこから愛情というものを見出だせないだろうかと夢想しているのですが、数年経っても全然進みませんっ!
すみません、無駄話をしました!ご紹介、ありがとうございました!暫く、ウロウロ考えたいと思います!
作者からの返信
呪文堂さん、コメントありがとうございます。
この作品から現代、未来への視点へも繋げられるとはさすが。
子どもが愛情と絡んで題材になったとき、なかなか人は冷静でいられないというか、感情的なものが勝ってしまうのではと思います。もうひとつ倫理という「正しさ」に縛られるところもあると思います。「地球最後の子」が「自分の子」と同列で愛せるか、なにかできるか……それは決して先のことではなく今目の前にある課題ですね。価値観同士がぶつかるときは答えが出ないものだと思いますが、意外と答えはそこにあるのかも知れないし……ああ、僕もウロウロしてきました。
いつも深い考察に刺激を受けます。ありがとうございます!
こんにちは。
復讐してスッキリ!…ではなくむしろ空しくなってしまうあたりがモーパッサン先生の深さであるような気がしました。あたたかさとつめたさとを併せもっていて、正義を希求していても現実の厳しさから目をそらしはしない。
先生自身の痛み、、、仰る通り、それが昇華されているような気がしますね。
作者からの返信
久里さん、三話お付き合い下さりコメントもありがとうございます。
この「復讐」のやりかたは読み手によって是非が問われるようですが、パラン氏の衝動的な気持ちはすごく分かります。衝動的だからこそ、この苦いラストシーンなのだろうとも思います。全編を通してパラン氏寄りの主観的な文章なので、最後に突き放すところが余計冷ややかで現実的に感じますね。内面を昇華しつつそれを冷めた目で見ているもうひとりの先生がいるような……
これは、ぜんぜんスッキリする復讐ではないのですね。例の家族へ暴露したところで・・・でも吐き出すべき場所へ吐き出せて、虚しさしかなかったとしても起こるべき出来事だったのかもしれませんね。パラン氏、悲哀に満ちたキャラクターです。モーパッサンの一部なのでしょうね。
作者からの返信
神原さん、全話お付き合い下さって、コメントもありがとうございます。
吐き出すところへ吐き出したものの……これは全然ざまあじゃないですね(あまりざまあの定義を分かってないですが-_-;) 復讐がブーメランになって自分に刺さってしまった感じがします。
モーパッサンは孤独な男を描くとやたら身につまされるものになりますが、少なからずご本人が投影されているところもあると思います。。
隠し子がいたというモーパッサン。後悔や懺悔、またお相手の女性への侮蔑的な感情や憐憫等を長年抱いていたのかもしれませんね。自分はいわゆる「いい親」になれず「あたたかい家庭」を手に入れられなかったという想いが、執拗な孤独描写に表れているのかも。
モーパッサンが描く人間の弱さや残酷さは、悪ではない人や生き物を一番苦しませる形で終わる事があり(この作品ではジョルジュ君)、それがまたリアルで読者の心に響くのかもしれません。彼の作品を読むと、その生い立ちも相まって切なくなります。自身の弱さ・残酷さから目を背けなかったその姿勢に。
作者からの返信
葵さん、最後までお付き合い下さってありがとうございます。
子供や相手の女性に対する感情、確かに一色ではなく、複雑な気持ちが入り混じったものですよね。そして自分自身の男親としての感情もそこに交わって。遊び人的な独身貴族の表面とは逆に、底に溜まっている弱みみたいなのが、この方の親子ものには浮き出てくるのかも知れません。
弱い者に優しい目を向けるのと同時に、残酷な仕打ちもしますよね。なかなか今は自然主義って流行らないかな、なんて思います。人が見たくないものを掘り出してくるようなところ、ありますから。でもそこを隠さず書いてくれる姿勢にやっぱり惹かれるのですよね。
虚しいラストシーンでした。
パラン氏の名前の意味を知り、余計に(泣)
モーパッサン先生は自分の痛みを作品で昇華させているのでしょうか。
後世に名を残す文豪たちのあるあるですね。
今回もありがとうございました♪
作者からの返信
ハナスさん、三話お付き合い下さりありがとうございます。
苦さと虚しさばかりが残るラストですね。「親」という意味の名前なんて残酷なアイデアだなと思います。
モーパッサン本人の私生活はそこまで知らないのですが、親子を書くときにほかの作品と違う粘着感と痛さがあるように思います。フィクションを通して自分の何かを昇華させていたのでしょうかね。
こちらこそコメントをありがとうございます。励みになります♪
パラン氏は復讐すべきではありませんでしたね。柊さんが書かれている通り、ジョルジュ君は大変なショックでしょう。
復讐をするなら、もっと早く、別な方法を考えるべきでしたね。
でも、よく考えると、この復讐によって1番深い悲しみを覚えたのは,パラン氏かもしれませんね。
うう、なんか、救いようがないですね、この話。
でも、とても面白かったです。
作者からの返信
レネさん、最後までお付き合いいただき、コメントありがとうございます。
原作の中には、「ジョルジュも今では敵だった」というような文があって、全てが恨みつらみの対象になってしまったことが分かります。そうなるともうジョルジュの気持ちなんて思いやる余裕はないのでしょうね。でもいざ復讐を果たしたところで虚しさしか残らないという。。人間の弱い正直なところを抉っていると思います。しんどいけど、そこが小説の面白さですね。
これは、父親として最低ですよね。
どっちが父か、そこはわからないですけど、でも、パラン氏にその資格はないです。
作者からの返信
雨さん、最後までお読みくださり、コメントありがとうございます。
この暴露の部分があるから、人間って弱いなと思わされますね。酒に溺れているだけの方がまだ「被害者」でいられたのに。
パラン氏の主観で進めておいて最後に苦い虚しさで落とすところなど、うまいなと思います。
こんなふうに続けてみたのですが、甘すぎでしょうか。
あれから数年後、パラン氏のところに若い父親が訪れます。それは三歳の息子を連れたジョルジョでした。パラン氏が荒れた夜から、リムザン家ではあの話題が出たことはありません。しかし、ジョルジョが結婚し、子供を公園に連れていった時、昔、自分のことを愛しい眼で見守っていたくれた人の姿がよみがえってきました。それは父親のリムザンかと思っていたのですが、違いました。それはあのパラン氏でした。それに、彼は自分たち家族のために、二十年間も給料の半分を送ってくれていたのです。ジョルジョは「あなたは私のムッシューParent(親)です」と言います。
(笑)
作者からの返信
九月さん、三話お付き合い下さってありがとうございます。
二次創作(というんでしょうか)、ああ、こういう風に続いてくれたら少しでも救われるなあと思いました。九月さんの優しいお人柄が出てますね。原作のポイントをしっかり押さえておられるところがさすがです。
この思わせぶりな名前は、どういう意図でつけたのかなと自分ではまだ理解できていません。読んだ方にお聞きしてみたいです。
柊圭介さん、こんにちは😊
冒頭のジョルジョ君との癒しの時間があっただけに、全てを失った後の孤独や喪失感、裏切りへの屈辱感、それらに押しつぶされていったパラン氏が哀れです。
あの時を境にパラン氏はお酒におぼれ時間は止まってしまったようですね。
20年後の復習も結果的に救われるものではなかったし。
パラン氏は決して悪い人ではなかっただけに報われない人生に虚しさを感じます。
モーパッサン自身が隠し持っていた痛みとしたら切ないですね。
作者からの返信
この美のこさん、こんにちは😊 コメントありがとうございます。
この話は中編で、心理描写にもたっぷり文字数が割いてあるんですが、特に前半のジョルジュを愛するパラン氏の父親の心理と、後半の孤独の時間は、一緒に体験するような現実感があって、読んでいても重たい気分になります。
三人に会う場面は人が変わったような迫力があるのですが、最後に待ち構えている空虚が何よりも強い後味になって残ってしまいますね。