能はないけどコネはある「後ろ盾 Le Protecteur」
いいですか、落ち着いて聞いてください。
フランスは筋金入りのコネ社会です。パパが偉い人だったり出世したお友達がいれば、どんな無能くんでも活躍できます。正面玄関から入るなんて愚の骨頂。出世したければ台所の勝手口から入りましょう。コネがない正直者は開かない正面玄関を永遠に叩き続けるだけ。
お仕事も政治もコネがすべて。かくて企業のみならず政界にも仲良しの輪がつながり、お友達とか元カレのよしみで声をかけてもらった無能くんが大活躍という仕組み。ええ、ええ、分かってます。腹が立ちますよね。
これは今に始まったことではありません。モーパッサンの時代にも旧友ばかり集めて政権を固めた政治家もいました。なので決して優秀な人ばかりが揃うわけではなかったようです。例えばこんな役人がいたりとか……。
ジャン・マラン君のお父様は地方の執行吏(ざっくりいうと公的な取り立て屋)。ジャン君も出世の野心とともに、勉学のメッカ、カルティエ・ラタンへやってきます。
そこでは毎晩のように学生達がビールを飲みながら政治議論のつばぜり合いをしています。いかにも19世紀らしい光景ですね。もちろん彼もお友達を作るべく参加します。ときにはお小遣いでみんなに奢ったりもします。
さて、勉学の甲斐あって弁護士になったものの、連敗記録だけを更新中の彼は、ある日かつての学友が議員になったと知ります。こうしちゃいられない。彼は学友に近づき、忠犬ジャン公となってせっせと尽くしました。
するとどうでしょう。半年後、ご学友が大臣になったついでに、ジャン君はなんと国務院の参事官に任命されたのでした。ちなみにこの国務院というのは、いわば行政のご意見番的なところ。
わーい、なんというサクセスストーリー。コネの力って素敵♡
自分の立場を吹聴したくてうずうずしている彼は、そのへんの店の人や新聞売りやタクシー運転手(街馬車の御者)をつかまえては、
「あっ、私、国務院の参事官なんですけどね……」ドヤ顔。
もちろん見栄を張るだけが仕事ではありません。彼は権力者として、しもじもの者のため最善を尽くすという義務感を持っています。友人に会えば自分の身分をひけらかし、支援の提供を押しつけ、見せつけるように有名カフェに入り浸っては頼まれもしない推薦状を政府の役人に書き続けるという、充実した日々を送っていました。
ある朝、ジャン君は雨宿りした先でひとりの神父さんと一緒になります。地方からやってきたらしい神父を見ていると、またもや自慢ぐせが起こって口がムズムズ。
「パリへは観光で?」
「いいえ、所用がありまして」
「どんな御用ですか? あっ、実は私、国務院の参事官なんです。なにかお役に立てることがあったら言ってください」
ところが司祭は歯切れ悪く、
「いえ、これはうちの司教と教会の問題でして……」
「それこそうちの専門分野ですよ!」
「実は国務院へ行くところなのです。3人の参事官と会わねばならんので」
そう言って司祭はジャン君の同僚の名前を挙げました。ジャン君は目を輝かせて、
「神父様、それはみんな私の親友ですよ! ようし、私が彼らにあなたを推薦しておきましょう。いやあ私に会えるなんて神父様はラッキーですね! 私のおかげで、あなたの問題はスルスルっと解決しちゃうんだから!」
というわけで司祭を国務院のオフィスへ招き入れ、さっそくお得意の推薦状を
──親愛なる同僚へ。最高の威厳と品位を兼ね備えた尊き聖職者である司祭を最高に熱い気持ちで奨励させていただきます。この──、
「えーと、お名前は?」
「サンチュールです」
──このサンチュール神父のお話を聞いてあげてください。この方は諸氏のご厚意が必要です。このような素晴らしい機会に恵まれた自分を幸せに思っています。
ちょっと何を言ってるのか分からないですけど、3通の手紙をしたため、部下に同僚のオフィスへと持って行かせました。
立派に職務を果たした充実感でよく眠り、爽やかに目覚めた次の朝。
新聞に目を通した彼は愕然とします。
──政権に謀反を企てた疑いで、某サンチュール神父は司教からクビを言い渡され、その弁明のため国務院に呼び出しをくらっていた。しかし某マランとかいう参事官があろうことか後ろ盾となり、同僚全員に情熱的な推薦状を書いていたのである。公務員として言語道断の恥ずべき行為だ。
ちょっと時代背景を追加すると、この時代はまだ政教分離されていない頃で、カトリックは政治と直結していました。なので政治への謀反イコールカトリックへの冒涜なわけです。で、それを公務員が擁護するのは、体制側が反体制を応援するのと同じです。
ジャン君、飛び上がって身支度を整えると同僚のオフィスに駆け込みました。
すると案の定、
「あのさあ、君はバカなのか。この年寄りの陰謀家を私に推薦してくるなんて」
ジャン君はしどろもどろになりながら、
「だ、だって、騙されてたんだもん……いい人に見えたのに……。ひとをコケにしやがって。お願いだからどうか奴を厳しく処罰してくれ。うんと厳しくね。そうだ、手紙を書こう。誰に書けばいいのかな……えっと、検事総監と、大司教様だ。うん」
そしてその場でいきなり手紙を書きはじめます。
──親愛なる大司教様。私は某サンチュール神父の陰謀と嘘の犠牲になりました。神父は私の誠意につけこんだのです……。
書き終えると彼は同僚に向かってひと言、こう放ちました。
「これで君にもいい教訓になったよね。もう誰も推薦なんかしちゃいけないよ」
お前が言うな。
あ、誤解なきように付け加えておきますと、フランスが100%コネ社会というわけではありません。もちろん正面玄関からでも入れます。ただ、やっぱり信用を得るのには時間と労力がかかるもの。人づてを頼りにするのはそれだけ外部者に対して用心深い表れなのかも知れません。でもジャン・マラン君みたいなのが蔓延るのも、いかがなもんでしょうね……?
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