パリジャン家族のお出かけ「野あそび Une Partie de Campagne」①

 都会に住む人々にとって田舎は憧れの癒しスポットだったりしますね。せせこましい街なかに暮らしていると、のびのびした風景に心まで解放される。それは19世紀末でも同じだったようです。でもときどき解放されすぎる方々もいるようで。


 パリで金物屋を営むデュフール一家は、5カ月も前から郊外へ遊びに行く計画を立てていました。楽しみすぎて当日はみんな早起きです。遠足か。で、牛乳屋から借りた馬車をお父さんみずから運転して出発します。


 お父さんの隣りにはたっぷりと肉づきのよいお母さん。コルセット締めすぎで、二重あごのすぐそばまで豊満な胸がせり上がっています。歳の頃は36ぐらいということですが、当時の36歳はもう熟女扱いされているようです。

 後ろの席には18歳ぐらいのうら若き娘とおばあちゃま。そしてもうひとり、黄色い髪の若者が席にあぶれて一番後ろに寝転がっています。


 無味乾燥な工業地帯を抜け、曲がりくねったセーヌ河を2回横断すると、ブゾンというところへ着きました。セーヌ河の水面がきらきら光り、思い切り深呼吸したくなるような清々しい空気。これぞ求めていた郊外です。


 一家は河のそばにあるレストランでお昼ごはんを食べることにしました。敷地には芝生やブランコまであります。嬉々としてブランコに向かう母と娘。

 娘の方は若い肢体を輝かせるように颯爽と立ちこぎをしています。街を歩けばみんな振り返る、みたいな美人さんですからブランコもサマになります。引き締まったウエスト、スカートからチラリズムの脚のライン。若さってええなあ。

 お母さんの方は、多方面にお肉がついているので座ったままブランコ動きません。


「ちょっと~、あなた、押してちょうだい~!」


 夫がぜいぜい息を切らしながら押してあげると、今度は金切り声で怖がるという始末。声を聞いた近所のガキどもが集まって見物しています。この母娘の対比はただの意地悪としか言いようがありません。

 

「おーい、かっこいいボートがあるよ!」


 黄色い髪の男の声で見に行くと、小屋の下には高級家具のように精巧に作られたボートが2隻吊るされていました。みんなで感心して眺めていると、


「いやー、父さんも若い頃はボートレースに出てねー、何人ものイギリス人に勝ったものさー」


 突然過去の栄光を語り始めるのはおじさんあるあるですね。


 さて、せっかくのお昼ご飯はやっぱり芝生で食べたいですよね。しかしお母さんが目をつけていた場所にはすでに先客がいました。白いTシャツを着た二人組の若い男です。これはさっきのボートの所有者に違いありません。

 

 彼らはほとんど寝そべるような格好でそのたくましい肉体を日光に晒しておりました。日に焼けた顔と鍛冶屋のように盛り上がった二の腕&胸板。ボートによって鍛えられた筋肉の動きはしなやか&優雅。


 ここでモーパッサン自身も筋金入りのボート野郎だったことを思い出していただきましょう。マッチョボディ描写に若干のナルシシズムを感じるのは気のせいでしょうか。自分もこうだよと言いたいのかな? なんかお腹いっぱい。


 彼らはお母さんの視線と若い娘の存在に気づき、ササーっと首尾よく場所を譲ってあげます。そして自分たちは少し離れたところに落ち着き、そこから家族と二人の若者の会話が始まります。


「こちらへはよく来られるんですか?」

「いいえ、年に1、2度ですわ。きれいな空気を吸いに。そちら様は?」

「僕は毎日ここで寝てますよ」

「あらステキねえ♡ 気持ちがよろしいでしょうね」

「もちろんですよマダム」


 お母さん、ちょっとじろじろ見すぎ。それから自分の夫の筋肉と比較しないであげて。

 そもそも男でもむやみに腕や足を出さないこの時代にTシャツ一枚とか、卑怯なんですよね。今の感覚とは違います。俺様の肉体を見ろ、です。


「そんな格好で寒くないのかしら?」


 なんて言われると、若者たちは爽やかに笑ってボート野郎ぶりを語ります。肉体の限界へ挑み、汗だくで入る風呂、そして夜霧の中の神秘的なレース(モーパッサンが描きたがっているので、この辺はどうかスローモーションで再生してあげてください。)そして強靭な胸板を叩いて音まで出してみせます。ゴリラか。ここまで来るとお父さんは口数が少なくなり、イギリス人に勝った話はもう出てきません。


 そんな中、うら若きお嬢さんはお母さんと違って彼らを正視できず、目の端で観察するだけ。かわいいですね。


 昼食が終わり、酔っぱらったお父さんと黄色い髪の男が昼寝し始めるころ、二人の若者はお母さんと娘をボートに誘います。あら、これは1対1のお出かけですよ。さあどうなるのでしょうか。


 つづきます。

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