孤独と恐怖の果てに…「山小屋」②
その夜、深い眠りに落ちていた彼は、「ウルリッヒ」と呼ぶ声を聞いて飛び起きます。まさか、爺さんが帰ってきた?!
彼は扉を開けて叫びました。
「ガスパールか!」
しかしそこには青白い雪景色があるばかり。すべてを呑み込む吹雪によって凍りついたこの世界に、生きるものはないとばかりに。
「ガスパール! ガスパール! ガスパール!」
さらに呼びかけても答えは返ってきません。
にかわに恐怖が彼を襲いました。扉を閉めると、ウルリッヒは震えながら椅子にへたり込みます。
──そうだ、ガスパールは今たしかに自分を呼んだのだ。死ぬ直前に魂が抜けだし、自分のところへおのれの死を知らせに来たのだ。最後の叫びに恨みを込めて。しっかりと探し出さなかった自分への呪いを込めて──。
扉の向こうには彼の魂がさまよっている。ここから出るわけにはいかない。
ウルリッヒは山小屋へ閉じこもります。世間から切り離され、雪の砂漠の中でたったひとり。孤独にさいなまれ、夜が来るたびにガスパールの呼ぶ声が聞こえるのではないかと怯え、逃げたくてもどこへも逃げられない。霊に憑りつかれたベッドでは眠ることもできない。うとうとすると突然、またあの叫び声が聞こえてくる。悪夢のような日々。
彼は恐怖を紛らわすために強いアルコールを浴びるように飲み始めます。でも酒が切れれば自分を呼ぶ声が脳天を貫きます。三週間のうちに全部の酒を飲み干してしまった彼の心には孤独と恐怖が増殖していくばかり。小屋の中をグルグルと動物のように歩き回り、疲れ果てて眠ればまたもや呪いの声に飛び起きるのです。
ついにある夜、耐えきれず扉を開けてしまったウルリッヒは、犬のサムが飛び出してしまったことに気づく余地もないまま、顔を直撃する吹雪に扉を閉めてしまいました。
その途端、外から鳴きながら壁をひっかく音が。
恐怖と狂気に心を持っていかれた瞬間。
「失せろ! 失せてくれ!」
ウルリッヒはありとあらゆる家具を扉の前に積み上げ、窓を塞ぎました。
そして連日連夜聞こえてくる悲痛な声に同じ悲痛な声で叫び返します。
しかしある日、物音ははたとやみました。限界に達していたウルリッヒは眠りにつき──、
目覚めたときには、記憶も思考も残っていませんでした。まるでその眠りが頭の中をまっさらに消してしまったように。
冬が終わり、村にいた家族がまた山小屋へ戻ってきました。山にいる二人が峠まで迎えに来ないのを不審に思っていたところです。
小屋はまだ雪で閉ざされ、鍵がかけられ、屋根から細い煙が出ているだけでした。しかし一家の主人は、入り口のところで鷲についばまれた動物の骸骨を発見します。
「これはサムじゃないか」
「ガスパール! ねえ、ガスパール」
誰も呼びかけに応じないので仕方なく扉を壊して中に入った家族。
そこで彼らが見たのは、白い髪が肩まで伸びて、胸までひげを垂らし、目だけがらんらんと光っている、ボロ布をまとった男でした。
「母さん、この人、ウルリッヒよ」
娘のひと言でようやくウルリッヒだと分かったものの、医者に診てもらった結果、彼はすでに廃人になっていました。そして、ガスパールについて何も知ることはできませんでした。
その夏、娘は心身の病にかかりました。みなそれを山の寒さのせいだと言ったということです。
了
怪奇譚ではあるんですが、なんともやるせない、もの悲しい話ですね。一家の娘との悲恋が描かれているのが切なさを助長してしまいます。
ウルリッヒという青年の繊細な神経が、この山で冬を越すには耐えうるものじゃなかったのかなと思います。もっと図太い、現実的な人間であれば、ガスパールの事故を悔やみながらも一人で冬を越せたかも知れません。でもそうはならずに自分を責める声が爺さんの声として聞こえ、自分でかけた呪いにがんじがらめになっていく心理。ここへ極限の寒さと孤独が混じりあって狂気がエスカレートしていく描写が凄まじいです。
この作品はホラーといっても「オルラ」や「誰ぞ知る」のような説明不可能な超常現象はまったく起きず、すべてが青年の頭の中で起こっていることに現実味が感じられます。アルプスの冬という壮絶な景色をまるで見てきたかのように綴ってある臨場感も含めて、主人公が陥る恐怖と孤独を読者にもがっつり味わわせてくれる作品です。
まさに身も凍るお話。読んだ後はどうかお風呂で温まってください♨
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