雪山の冬ごもり「山小屋 L'Auberge」①

 久しぶりに怖い話をやりましょうね。怪談というよりは、モーパッサンお得意のサイコスリラー。今回の舞台は雪山です。どの雪山かというと……そう、かの有名なアルプス。

 おっと、かの有名なちっちゃい女の子&心優しいおじいさんを想像してはいけません。ここで描かれるのは冬が近づいて住民が下山してしまった後の厳しい雪山。そういえばハ〇ジたちも冬の間は山を下りて村に住んでいましたね。

 この物語もまさにその下山のシーンから始まります。


 下山しているのはアルプスの山小屋に住む一家。彼らは春から夏の半年間はここで暮らしていますが、本格的な冬が来る前に山を下りて麓の村で過ごします。そして春になるとまた山へ戻るのです。

 その間に山小屋の留守番をするのが、ベテランの山案内人であるガスパール爺さんと、今年が初めての越冬となる若い案内人のウルリッヒ。


 ウルリッヒは一家の娘に想いを寄せています。奥様から留守中の注意を聞きながらも、心ここにあらずでつい娘ばかり見つめてしまいます。そして娘の方もこの青年とのしばしの別れを惜しんでいるように見えます。

 一行が峠に差しかかると、アルプスの荘厳な山々が目の前に広がりました。真っ白に覆いつくされた鋭い山頂が太陽に照らされて光沢を帯び、巨大な群衆のように連なっています。そして眼下には麓の村。果てしない深淵に砂を散りばめたような家々。


「山にいる者のこと、どうか忘れないでくださいね」

 別れ際にそっと彼女に告げるウルリッヒ。この先、春が来るまでは、密かに思い合う二人が会うことはありません。


 家族を見届けたあと、ガスパール爺さんと青年は山小屋へ戻りました。犬のサムが二人を出迎えます。これからは二人と一匹で過ごすのです。


 ガスパール爺さんはもう14年も山小屋で越冬している達人です。自分たちで料理をすることも、カードゲームで時間を潰すことも慣れたもの。おまけに山へ入って猟をしたりと、とてもエネルギーにあふれています。

 しかしウルリッヒはそうはいきません。毎日毎日峠まで行き、村を見下ろしては遠くの家々に想いを馳せます。彼女はどの家にいるんだろう。今ならまだ山を降りていけるのに──。

 

 しかしついに峠まで行くこともできなくなりました。ある日凄まじい吹雪が山小屋を襲い、辺りをすっかり雪で埋め尽くしてしまうのです。アルプスに本当の冬がやって来ました。山小屋に閉じ込められた生活。カードゲームばかりの日々。それでも二人は喧嘩することもなく穏やかに過ごしていました。

 

 ところがある日、事件は起こりました。

 猟に出たガスパール爺さんが、夕方になっても戻って来ないのです。不安に駆られたウルリッヒは、ガスパールを探しに行くことにします。でもまっすぐ山へは向かわず、先に峠の方へ足が向いてしまいます。だって、もう三週間も村を見てないんだもの。寂しいよね。恋しいよね。

 でも、久しぶりに見る景色は変わり果てていました。どこもかしこも真っ白のマントに覆われて、どこが家だかまったく分かりません。自分のいる山上の世界と眼下の世界がすっかり分断されてしまったような心地です。


 ようやくガスパールを探しに果てしない雪面を行くウルリッヒ。声を限りに名前を叫んでも、応えるのは静寂だけ。寒さと孤独と死んだような冬の山が、自分の血まで凍らせていくよう。

 逃げ帰るように山小屋へ戻ったウルリッヒですが、ガスパールは期待に反して帰って来ませんでした。彼は意を決して、犬のサムを連れて再び捜索に出ます。

 何時間も夜の雪山をよじ登る危険と不安。ついに夜明けを迎えたとき、中から火が灯ったように雪面が紅色に染まる場面は美しさと哀しさの両方を感じます。

 

 ウルリッヒは丸一日捜索したもののガスパールは見つかりません。遠くまで来てしまった彼は、雪を掘ってねぐらを作り、犬とあたため合うようにして夜を過ごしました。足は棒のようになり、心身ともにすっかり疲弊しています。このままではここで自分も死ぬかもしれない。恐怖に駆られたウルリッヒはガスパールを諦め、ふらふらになって山小屋へと帰って来ました。


 さて、その夜のこと──。


 つ づ き ま す

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る