アヴァンチュール願望の女「パリの経験 Une Aventure Parisienne」①
有名人から一般人まで、不倫、浮気、スキャンダルには事欠かないのが人間社会というものです。これが遊び慣れた人ならスマートにやってのけるんでしょうが、免疫がない人には危険な世界。背徳とは無縁の生活をしてきた人ほど、未知の世界への妄想を膨らませて極端な方向へ走るもんです。
さて、ここにもひとり、週刊誌ネタ、もとい社交界の秘密にやたらと熱意を燃やす主婦がおりまして……。
彼女は地方に住む公証人の妻、そして二人の子どものお母さん。慎ましくお堅い家庭を守っていますが、最近モヤモヤが膨れ上がってどうしようもありません。そのモヤモヤとは、自分の地味~な生活に対する欲求不満&未知のアヴァンチュール願望。「女性イレブン」に載ってる有名人の記事を読んでは、華やかな世界で繰り広げられる「背徳」とやらに熱い憧れを抱くのです。私はまだ若い。このまま朽ちるにはもったいないわ。隣でいびきをかいてる太鼓腹のダサい夫を横目に、
「ああ、私も有名人とアヴァンチュールがしたい!」
そして本当にやって来ました。どこへ? パリへ。仕事人間の夫には両親に会うなんて嘘をついて、たったひとり背徳への夢を抱いてパリの街を彷徨う女。
だけど、新聞の社交欄で読むような話は道端には転がってないんです。そういうことは一般人の目に見えないところにかくまわれている。そりゃそうだ。芸術家やら女優さんとは無縁の彼女には関係のないこと。いきなり有名人にナンパされるとでも思っているんでしょうか。ちょっと痛いです。
しかしですね。会っちゃうんですよ。しかもなんとあの人気作家のハルキ・ムラ〇ミに!(嘘です間違えました)
それはある古道具屋の前を通りかかったときでした。中では店主が禿げ頭で小太りの男に日本の骨董を売りつけようとしているところ。店主は布袋さんとおぼしき腹の出た陶器の置き物を前に、
「ジャン・ヴァラン先生、あなたになら1000フランにしておきますよ。他の人なら1500フランだが、芸術家のお友達には特別料金でございます。皆さんうちを御贔屓にして下さるんですよ、ジャン・ヴァラン先生。こないだなんかビュスナック先生がクラシックの盃を、それからアレクサンドル・デュマ先生が燭台をお買い求めでした。この置き物なんかゾラ先生がご覧になったらすぐ買ってしまわれますよ。さあさあどうですか、ヴァラン先生!」
ほとんど押し売りな店主が繰り返す名前に、彼女は目をひん剥きます。それは今を時めく人気作家のハルキ・ムラ〇ミ(じゃなくて)ジャン・ヴァラン! おまけにあざといほど羅列される名前はすべて当時の有名作家!(ちなみにジャン・ヴァランは架空の人物)
他の客もその名前を聞いてチラチラ振り返るほど。名前の威力絶大です。
でもジャン・ヴァラン本人は困った顔で
「う~ん、欲しいけどなあ……高いんだよなあ……」
人気作家の名前を聞いただけで目がくらみ、「禿げで小太り」のビジュアルがかき消えてしまった彼女は古道具屋の扉を開け、
「ご主人、わたくしにはいくらで売って頂けます?」
「えーと、お宅様でしたら1500フランですが」
「買った!」
あっという間に高価な布袋さんをお買い上げしてしまいます。そして、
「ヴァラン先生、ファンです。プレゼントさせてください!」
ヴァラン先生はびっくり。あんた誰?
彼女はいかに自分が熱心なファンかを力説します。勢いづいた彼女は店主にヴァランの住所を聞き出し、辻馬車に乗り込んで、
「こうなったら今からご自宅へお届けしますわ!」
「ちょっと待てーい!」
勝手にお届けされては困るのでヴァラン先生も馬車に飛び乗り、ついに家まで着いてしまいます。頼むから勝手なプレゼントは勘弁してくれという作家に対して彼女は、
「分かりました。では今日一日私のお願いに全部おつきあい下さったら、お宅へ置いていくのをやめますわ」
大胆にもほどがありますが、アヴァンチュールに盲目な彼女はこの機会を逃しません。
うーん、なんだかよく分からんけどちょっと面白そうじゃないか?
そう思った作家はその願いを受け入れます。
さあて、彼女にはいったいどんな背徳が待っているでしょうか。
つづきます。
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