家族の行きつく先は…「遺産」③

 第五話 『期限ですよ!』


 いったんは直りかけたかに見えた夫婦仲ですが、どんなに子作りに励んでも妊娠の兆候は表れません。そうするとまたもやドロ沼化する二人。

 コラリーの頭はいまだ手に入らない遺産のことばかり。何かにつけて夫を責めます。


「なんて貧しい夕食。あ~あ、お金さえあればもっといいものが食べられるのに」

「あなたがつまらない仕事を続けなきゃいけないのは私のせいじゃないし」

「別の人と結婚していれば今ごろ自家用車に乗れるのになあ~」


 やっぱり言いたい放題です。

 ルサーブルはすっかり弱り切ってしまい、食事のたびに薬の瓶を並べ、しょっちゅう自分の心拍数を計り、ついにはガードローブの中に自分用の寝床を作って避難してしまいます。


 カシュランはというと、カレンダーを睨みながら刻一刻と迫る「期限」に苛立ち、自分の少ない年金を思っては絶望する日々。そしてその矛先は当然のごとく婿へと向けられます。家庭内はまた喧嘩と暴言の日常に逆戻りしてしまいました。


 さて、決闘騒ぎを起こして以来、お互いに距離をとっていたルサーブルとマーズですが、ひょんなことがきっかけで少しずつ口を利くようになります。すると今度は今までのしがらみから解放されたようにずっと打ち解けて話ができるようになりました。

 そんな二人をじっと見ているのはカシュランパパ。ある日、三人で話をしていた時に、カシュランはマーズを自宅での食事に招待します。マーズは一瞬ためらったものの、カシュランに押し切られるようにして承諾しました。


 マーズは気の利く男で、当日コラリーのために花束を持ってきました。父親から噂だけは聞いていたものの、本物の「麗しのマーズ」に会ったコラリーはひそかにときめきを覚えます。そういえば自分の夫ははじめてうちに来た時、なにも持ってこなかった……。


 そのうちマーズは家族にとけこみ、頻繁に出入りするようになり、劇場にみんなで出かけたりとすっかり親密な仲になっていきます。

 そして数カ月がたったある日。

 郊外のセーヌ河あたりへお出かけしていたとき、突然コラリーは吐き気をもよおしてしまいました。二人の男は分かっていませんが、父ちゃんだけはピーンときたようです。

 その夜、自宅で二人になった時、カシュランは娘に、


「お前、もしかして、妊娠してるんじゃないか?」

「あたりよ、パパ。二カ月よ」


 きゃあーーーー!!

 やりました! ついにやりました! 念願の妊娠が叶いました! 

 カシュランは嬉しさのあまりその場でフレンチカンカンを踊り出してしまうほど。


 ニュースを聞かされたルサーブルもこないだまでの病気はどこへやら。

 早速みんなで公証人のところへ向かいます。


「ようございます。マダムは妊娠しておられるのだから、子どもがいるも同じこと。期限は出産日まで延長いたしましょう」


 

 第六話 『幸福?』


 コラリーは無事女の子を出産、子どもはデジレ(望まれた者)と名付けられました。気持ち込めすぎ。もっと普通の名前はないのか。

 さて今日はそのデジレちゃんの初めての洗礼式。海軍省長はじめ、同僚のピトレやボワセルも華々しいパーティにおよばれしています。

 あれ、マーズは?

 えーとですね、マーズはコラリーの妊娠が分かったころから家族に微妙に邪魔者扱いされるようになり、ついにはコラリーの「夫の留守中には訪問しないでほしいの」をきっかけに出入りが途絶えてしまいました。


 すったもんだの挙句ようやく遺産相続という最高の幸福を手に入れた家族。その主役であるデジレちゃんは、ヒラヒラした衣装に包まれてみんなに初お目見えです。

 その顔を見たピトレは、となりのボワセルにそっと耳打ちします。


「この子、ミニ・マーズちゃんって感じだよね」


 この言葉は翌日には海軍省じゅうに広まることになるのですが、とりあえず今日はめでたいお祝いの席。みんなでわいわいやっているところに召使いが声をかけます。


「お食事の用意ができました!」


 了。



 このお話、かなりのボリュームがあります。ですので今回は内容を追いかけるのにいっぱいになってしまいました。

 結局、誰の子どもかってことは明々白々なので、おそらく読者は途中でオチに気がついてしまうかも知れません。ではオチに察しがついたところで、この話がやっぱり名作なのは、その細部にあると思います。

 海軍省の上下関係、小役人の面々の毒っぽいやり取り、一人の人間の中にある多面性、遺産に取りつかれてしまった家族の関係の危うさ。そのあたりのいかにも人間くさい心情の移り変わりがとにかく事細かに描写してあります。この物語の面白さは、「人ってこうだよねえ」と思わずうなずいてしまう描き方にあるのではないでしょうか。ですのでこれはぜひ原作を手に取って細かいところまで読んでみて頂きたいです。


 ちなみに各エピソードのタイトルは、向田作品の『冬の運動会』『七人の孫』『家族熱』『蛇蝎のごとく』『時間ですよ』『幸福』からもじりました。ホームドラマとしてはけっこう難しかったですが、最終話までご覧いただきありがとうございます。またもや趣味に走ったことをご容赦くださいませ。

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