19世紀風ホームドラマふたたび「遺産 L'Héritage」①

 以前もお送りしました19世紀風ホームドラマ、懲りずに第二弾を放送します。題して「遺産」。タイトルからしてもうドロッとした匂いがぷんぷん漂ってきますね。全六話、連続三夜放送です。脚本は誰にしようか悩んだのですが、夢のコラボをどうしても捨てきれず、今回も向田邦子先生に無理を言ってお願いしました(無理があるのはタイトルもじりの方かも知れませんが。)


 では登場人物を。


〇カシュラン 海軍省に努めるベテラン小役人(ただ勤務年数が長いだけ)男やもめで、一人娘と自分の姉と一緒に暮らしている。


〇コラリー カシュランの一人娘。


〇ルサーブル カシュランと同じ海軍省に努める出世組。小柄で華奢。コラリーの夫となる。


〇マーズ カシュランの同僚。容姿端麗な伊達男。

〇ピトレ カシュランの同僚。口が悪い。

〇ボワセル カシュランの同僚。頭の中はアレクサンドル・デュマ的な厨二病。

〇サヴォンじいさん カシュランの同僚。不幸な結婚をしている。


〇シャルロット カシュランの姉。莫大な財産を持っている。



第一話 『小役人の運動会』


 舞台は年末の海軍省オフィス。新年を間近に小役人たちは大忙しです。のっけから出ましたモーパッサンの大好きな小役人。実際に海軍省で働いていただけに、職場の雰囲気や勤め人たちの描写は非常にリアルです。


 カシュラン氏は勤続年数だけは長い庶務課の責任者。すでに腹の出た大柄なおじさんで、もう白くなった短い髪が頭の上で逆立っています。

 同じ課に勤めるのは、大袈裟なくらいエレガンスにこだわり、でっかい指輪をして時計のチェーンをジャラジャラさせている、通称 “麗しのマーズ”。仕事はやる気ないですが、自分を飾ることには労力を惜しみません。

 ピトレ氏はエスプリの効いたユーモアが得意な毒舌家。

 小さくて顔色の悪いボワセル氏は、見かけに反して脳みそだけは勇者な男。やれ喧嘩の仲裁に入ったの、危険な目に遭っている女性を助けたの、荒れ狂う馬を止めたのと、毎日が彼にとっては大冒険です。どこまでが本当かは分かりません。

 気の毒なのはそんな同僚たちのターゲットにされているサヴォンじいさん。結婚生活に失敗していることをからかわれ、悪戯を仕掛けられては毎回騙されているというかわいそうな役まわりです。


 さて、年末といえば昇進・昇給の時期。海軍省も例にもれず、誰が昇格したのいくら昇給したのと、嫉妬と愚痴のセリフが飛び交います。


「ところでさ、ルサーブルはまた昇進するのかね」

「するだろうよ。朝早くからせっせとご出勤で残業を家に持ち帰ってるような奴だ」

「あいつが俺を追い抜かしたら二度と口がきけないようにしてやる」

「だいたいこんな役所で出世したって人生に成功したってことにゃならないよ」


 みな口々に好きなことを言っていますが、カシュランにはひとつの考えがありました。

 娘の結婚相手には手堅い出世組の男を選びたい。娘はいずれ億万長者になるのだから、その相続のためにも早く結婚させねば。そのためにはルサーブルは悪くない相手だ……。


 億万長者、とは何のことでしょう。

 それはカシュランの姉、シャルロットの莫大な財産のことです。姉のシャルロットは独身であるにも関わらず、なぜかものすごい貯蓄を持っています。ドケチな性格で、生活費はすべて弟のカシュランに任せ、自分はガンガン増やした貯金を姪にあたるカシュランの娘、コラリーのために蓄えてあるのです。


「早くコラリーを結婚させて、家の血を継ぐ子どもを私に見せて頂戴な」


 毎日のようにこのセリフを聞かされているカシュラン、働き者で将来有望なルサーブルに白羽の矢を立てました。そしてある夜、ついに自宅での晩餐へ招待します。


 ルサーブル君は最初は戸惑っていたものの、若くて美しいコラリーに好感度大。食後にベランダでふたりきりのいいムードになりますが……もっと興味をそそられたのは、シャルロットが口にした財産の話。


 「……家が三つ……銀行が……インフレで……少なくとも50万フランは実入りが……」


 部屋の中からとぎれとぎれに聞こえてきた額面の話に、思わず娘をそっちのけで乗り出します。

 50万フランっていくらでしょう。1フラン1000円とざっくり計算すると、なんと5億円! スーパージャンボですか? 

 もう迷うまでもありませんね。

 一か月後、ルサーブルとカシュランの娘が結婚したというニュースが海軍省じゅうに知れ渡りました。



第二話『0人の孫』


 しかし現実は甘くなかった。働きバチの生活は変わらないのに、一年後、ルサーブルには昇給なしという冷たい仕打ちが待っていました。それに加えて家庭ではシャルロットのモラハラに苦しむ日々。偏屈ですべてに干渉してくる性格にもうんざりですが、何よりしつこいのが「子どもの顔が見たい」攻撃です。


 ルサーブルを壁に追い詰めては、

「私の目が黒いうちにあんたは父親になるつもりなんだろうね。孫の顔を見せてくれるんだろうね。いいかい、結婚するってことは子どもを作るってことなんだよ。子の無い夫婦なんてありえないんだよ。あたしゃ孫の顔が見たいんだよ。分かってるんだろうね、ええ?」


 実際、結婚して一年半たちますがまだ夫婦に子どもはありません。嫌ですねこんな小姑。胃に穴が空きそうです。それでもなんとかやっていけるのは莫大な財産が残されると思えばこそ……!


 しかしそんなある日、シャルロットは突然危篤に陥り、息をひきとってしまいます。

 悲しみより先に笑みがこぼれてしまうのは、ルサーブルもカシュランも同じです。

 彼らが考えていることはただひとつ。


「い・さ・ん♡」


 やっと手に入るぜーーーー!!


 しかし。

 公証人のオフィスで遺言の開封に立ち会った彼らに、思いがけない激震が走ります。

 それは何でしょう?


 ……つづきます。

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