これは悪夢? それともメルヘン?「誰ぞ知る Qui Sait?」①

 またまたモーパッサンお得意のホラー作品です。例によって精神がじわじわやられる系とでも言いましょうか。でも怪奇のくせに妙なメルヘン描写のあるヘンテコなお話なので、出来心で取り上げてみました。


 主人公はパリ郊外に住む裕福な独身男。

 ……って、この設定やたら多くないですか? いや他にも怪奇譚には色んな主人公が出てきますよ。でも自分からヤラれに行くタイプの人って裕福な独身男の設定が多いんですよね。これに加えて人と関わるのが嫌いで自分の中に籠りたいキャラが多いのも目立ちます。


 独身貴族で金には困らず、自分の家で自分の好きなものだけに囲まれて静かに暮らしている男。このお話の主人公もまさにそんなタイプです。人づきあいが嫌いで誰かといるとすぐに疲れてしまう。大勢に囲まれた日にゃもう「ボク帰りたい」あるいは「お前ら帰れ」の気持ちがふつふつと込み上げてくる。

 責めないでいただきたい。これは体質なのだからしようがないのです。人間には二種類あって、人と接していないとダメなタイプと、となりの部屋に人が寝ているだけでも耐えられないタイプとに分かれるんですよ。で、私は後者なのです。

 私の家はうっそうとした木々に囲まれた庭付きの一軒家。喧騒から隔離されたこの家にたった一人でいるのが私にとっては一番なのです。使用人たちすら別棟で寝起きしているほどです。

 と、その孤独主義を延々と説明しています。


 どうもこれが作家のプロフィールに近いのでモヤモヤするんですけど、とりあえず今はおいときましょう。


 こうして家に籠っている主人公が大事にしているものは家具です。アンティークを集めるうちにコレクションもかなりの数になっています。まあこういう人は物言わぬオブジェたちに囲まれているのが一番気が休まるんですね。


 さて、そんな彼も今夜はパリでオペラを鑑賞してきました。舞台の様子や曲がまだ頭の中で再生されています。素晴らしかったなあ、なんて夜中の1時ごろの道をゴキゲンで帰ってくる主人公。


 ところが、真っ暗な庭を通って家に近づくにつれて、彼は奇妙な不安感にとりつかれます。今までこんな感覚にとらわれることはなかったのに、恐怖感のようなものがざわざわと寄せてくる。

 家に入ることができず息を凝らして佇んでいると、今度は騒音が聞こえはじめました。いつもの耳鳴り? ではありません。まるで家じゅうの家具を動かすようなせわしない物音です。おかしい、間違いなく家の中で何か異変が起こっている──。


 怯えている自分に苛立ち、彼は思い切って玄関のドアを勢いよく開け放ちました。するとその時、階段から足音が聞こえてきたのです。

 靴の音ではない。杖のような、あるいは鉄の棒のような、シンバルが反響するような音。


 いったい何かと思った瞬間、主人公は信じられない光景を目の当たりにします。

 なんと居間にあるはずの一人掛けのソファが、左右に体を揺らせながらよちよちと玄関から出てきたのです! ソファは外へ出るとそのまま庭へ向かって進んでいきました。

 それだけじゃありません。ソファに続くように家具たちがどんどん玄関を出ていきます。長椅子は短い脚を引きずってワニのようにのろのろと、かと思えば椅子がヤギのような足取りで、続いては小さなスツールがウサギのようにピョンピョン跳ねながら。


 なんということでしょう、家じゅうのありとあらゆる家具が、その大きさや形に合わせた動きで次から次へと家を出ていくのです!


 ズンタカタッタッター♪

 ズンタカタッタッター♪

 か~ぐのぎょうれつ、ズンタカタッタッター♪

  

 先生、すみません、ここ怖がらせるところですよね? 笑わせてどうするんですか。家具の行列って……!


 そうこうする間にもピアノが馬のようなギャロップで、カーテンや織物まで巨大なタコのように足をヒラヒラさせて出ていきます。

 呆気に取られていた男は自分が大事にしていた書斎机まで出ていこうとするのを見て思わず引き留めようとします。が、怪力の机には敵わず、反対に突き飛ばされてしまいました。地べたに倒れた男の上をさらに家具たちが歩いていきます。あたかも戦場で遺体を踏みながら進む軍隊のごとく。ズンタカタッタッター♪


 家具はもちろん小さなオブジェたちまでもが行進しながら去ってしまった後、ドアが音を立てて閉まりました。男は恐れをなして街へ行き、ホテルに泊まることにします。このパニックで鍵まで失くしてしまったからです。


 一睡もできずに夜を過ごした翌朝、使用人が真っ青になってやってきました。


「旦那様、昨夜大変なことが起こったようでございます! ひと晩のうちに家具から何から全部盗まれてしまったようなのです!」


 いや、行進しながら出て行ったんだよ、とは言えないですよね。自分が見たものを喋ったら自分こそ別の場所に連れていかれてしまう。誰にも言えない秘密を抱えてしまった主人公は、医者の勧めで旅行に行き、ちょっと気分転換をすることにしました。

 しかしフランスに帰ってきた彼は、驚くべきことを発見してしまうのです。

 それはいったい何でしょう?


 つづきます。

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