わたしを飾ってください!「勲章! Décoré!」
欲しい欲しいと願いながら手に入れることができないものってありますよね。例えば星ね。あっちには何百個と光っているのにこっちは六等星? 悔しいわ、世の中不公平だわ、なんてね。あれ、なんの星だろう。お空の星ってことにしときましょう。
さて、このお話にもそんな「欲しがり屋さん」が登場します。
サクルマン氏が欲しいもの。それは「勲章」です。子どもの頃からの憧れ。いや、生まれた瞬間からの夢。他の男の子が兵隊さんの帽子を得意げにかぶっている頃、彼はブリキで作った勲章に赤いリボンをぶら下げ、小さな胸を張って誇らしげに町を闊歩する、そんな少年でありました。
彼は中産階級のボンボンですが、残念なことに頭はもう少しランクが下がるようで、お勉強が得意ではありません。バカロレア(大学入試)にも失敗しますが、なにせ家がお金持ちだからあくせく働く必要もなし。とりあえず美しい奥さんだけは手に入れて特に不自由のない生活を送っています。そしてハイソな方々と交流し、将来は大臣になろうかというようなエリートさんたちを何人かお友達にしていることが唯一の自慢。
しかしそんな悠々自適な毎日にもかかわらず、彼は不満です。理由はただひとつ、勲章を持ってないから。
ちょっと大通りを出歩けば、胸にリボン付きのメダルをくっつけた人たちがやたらと目に入ります。ようし、どれぐらいいるか数えてやろう。なになに、四等は8人、五等は17人? 片道歩くだけでそんなにもいるのか? いくら何でもポンポン与えすぎじゃないか? 勲章なんてそんな簡単に受け取れるもんかね。
……って自分は持ってませんけど。キーッ、悔しい!
勲章つきの立派な紳士を見るのは、金もないのに腹をすかせてデパ地下を通るようなもんで、ほんと精神衛生上悪いことこの上ない。ふんっ、な~にがメダルだ、と怒りすらこみ上げるものの、勲章への執着は募るばかり。
羨望と嫉妬は背中合わせ。要するに彼は公のセレモニーの場で大勢の人が集まるなか、胸にいっぱい勲章をジャラジャラさせて人々の熱い視線を浴びてみたいだけなんですね。
ある日、彼は意を決して妻に言います。
「お前の知り合いに代議士のロスランさんがいるだろ。あの人に訊いて勲章を授かるにはどうすればいいか教えてもらってくれ。お前から言った方が話がスムーズだ」
自分でやれ、と言いたいところですがそこはなぜか妻頼りの夫。
ロスラン代議士は肩書が必要だと言います。でもバカロレアすら落ちている彼に肩書は望めません。
そこでサクルマン氏は論文を書いて「功績」を作ろうとします。あんまり難しいテーマは駄目だから、研究しなくても勝手に書けそうなものをとりあえず論文にして、ありとあらゆる大臣や各省や大統領や新聞に送りつけます。
が、結果はなしのつぶて。
そんな折、サクルマン氏の計画になぜか積極的になってきたロスラン代議士が、彼に課題を与えます。それはフランス中の図書館に行って文献探しをすること。なんだかよく分からないミッションですが、すべては勲章のため。
彼はフランス各地の図書館を渡り歩き、埃だらけの文献を掘り出し、司書に疎まれながらもミッションを遂行しておりました。
ある夜、地元に帰ってきたサクルマン氏は、一週間ぶりに妻の顔を見ようとこっそりと家に戻ります。急に顔を見せて驚かせてやろう、なんて寝室を開けようとしますが、鍵がかかっています。
「おい、俺だよ! 開けてくれよ!」
するとドアの向こうでは何やらてんやわんやの妻の物音。独り言を喋りながら、家具にぶつかりながら、ようやくドアを開けた妻は開口一番、
「ああ、怖かった。ああ、びっくりした。ああ、会えて嬉しいわあなた」
ずいぶんヘンテコなご挨拶です。
寝室に入ったサクルマン氏は、椅子に自分のものではない上着が掛けてあるのに気づきます。しかもその上着には勲章が……!
「おいっ、なんだこれは?! これは俺の上着じゃないぞ! しかもなんだこの勲章は?! いったい誰のものだ?!」
妻はあたふたしながら、
「違うの、あのね、これは、えーっと。秘密なの。そう、秘密だったのよ! これはあなたのものよ。あなた勲章を授かったのよ!」
「なんだって……俺が勲章を授かった……?」
あまりのことにサクルマン氏は言葉が出ません。
「そうよ。だから新しい上着を仕立てて驚かせようとしたのよ。これはまだ秘密だったの。ロスランさんのおかげなのよ。あなたのお仕事が終わってから正式に言うはずだったの」
妻は声が裏返りながらも上着をクローゼットへ。すると一枚の名刺がハラリ。
名刺には「ロスラン代議士」の名前がありました。
「ほら、言った通りでしょう!」
微笑む妻。
サクルマン氏は感激のあまり嬉し涙にくれ、男泣きに泣きました。
そして一週間ののち、彼はその功績を称えられ、正式に勲章を授かりましたとさ。
了。
お分かりだと思いますが、彼が見つけた上着はロスラン氏のものであり、勲章も当然ロスラン氏のものです。邪魔者の夫を一週間地方に追いやって不倫の真っ最中だったのに、突然帰ってきちゃったので妻は一世一代の嘘をついた、というわけですね。辻褄を合わせるためにロスラン氏が根回しをして勲章を与える羽目になったのは言うまでもないでしょう。しかしサクルマンさんは勲章で頭がいっぱいだから妻の浮気など疑うはずもありません。
タイトルの
念願の勲章を得ることはできましたが、とんだ寝取られ夫になってしまいましたね。妻と勲章、どっちが大事かなあ。……彼にとっては、やっぱり勲章かな。
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