ボクの褐色の恋人「ボワテル Boitelle」①

 えーと、コーヒーフレッシュの話ではありません。

 肌の色の話です。


 ちょっと想像してみて下さい。

 もしあなたにお子さんがいて、年頃になり、ある日突然「この人と結婚したい」と言って、違う肌の色の人間を連れて来たら?

 きっと多かれ少なかれ、最初は動揺してしまうのではないでしょうか。


 今でこそ国際結婚も珍しくない時代ですが、それまでの異人種間の恋愛には色んな困難があったのではないかと思います。


 そしてそれが19世紀のノルマンディーだと、こういうお話になります──。



 アントワーヌ・ボワテルは若い頃、港町のル・アーヴルで兵役についていました。休み時間の楽しみと言えば、波止場に並ぶ鳥市場を見に行くこと。

 港町だけあって、ル・アーヴルには他の大陸からの船が沢山出入りしています。外国との玄関口のような場所だったんですね。なのでもちろん、鳥市場の鳥かごにもアマゾンやセネガルから来たオウム、色とりどりのインコなど、エキゾチックな鳥が売られています。赤や黄色や青、原色の混ざった目にも鮮やかな鳥たちに見とれるアントワーヌ。


 自国にないものを求める人、エキゾチックなものが好きな人っていますよね。彼もそういうタイプ。好きなんです。理由などないのです。犬や猫を飼うぐらいならこういうカラフルでエキゾチックな鳥を飼いたい。かっこいい! エキゾチック最高!


 そしてある日、彼は何よりもエキゾチックな出会いをします。いつものように鳥に見とれていると、そばのカフェで掃除をしている女給が目に入るのです。


 赤いスカーフを頭にまとったその肌は褐色。

 アントワーヌは目が釘付けになります。

 素敵! なんてエキゾチックな女性なんだ! 


 それから彼女会いたさに彼はこの「植民地コロニーカフェ」(名前!)に通うようになります。ちょっとずつお近づきになる二人。彼女が笑うと黒い肌に白い歯がキラリと映える。彼女の出してくれるレモネードは至福の一杯。会うたびにとろけるような気持ちになる。ああ、僕は幸せだ!

 アントワーヌ、すっかり恋に落ちてしまいました。


 ふた月ほど経つあいだに恋人同士になった二人は、将来を誓い合う仲になります。

 彼女は6歳の頃にアメリカからの船に乗っているところを見つかって、このル・アーヴルで牡蠣売りのおばあさんに引き取られました。おばあさんが亡くなってからは植民地カフェで働き、いっぱしの貯金もあります。しかもちゃんとフランス語を喋れる、この国の女の子と何も変わらない感覚を身につけている。お金にも仕事にも生活にもとっても真面目。きっと僕の両親だって反対しない! 

 アントワーヌは一日の休暇をもらい、両親に結婚の承諾を得るため単身帰郷します。


 彼はその女性がいかに素晴らしく、自分にとってかけがえのない人かを熱く両親に語ります。両親も息子の熱意と貯金があるという言葉に思わず乗り出し始めました。いい流れですね。そのタイミングでアントワーヌはついに一番肝心なところを切り出します。


「……たださあ……ひとつだけ、父ちゃんと母ちゃんが気にするかも知れねえことがあるんだ。実は彼女、白人じゃねえんだ」


 ……は?

 両親は意味が分かりません。アントワーヌは用心深く彼女の外見について説明します。すると今度は質問の応酬が始まります。


「黒いって、そらあ、体じゅうかい?」

「当たり前だろ、母ちゃんだって体じゅう白いじゃねえか」

「黒いって、炭みたいに黒いのかい?」

「いやそこまで黒くねえよ。神父さんの服だって黒いだろ。そんな嫌がるような色じゃねえよ」

「その人の国にゃもっと黒い連中がいるのかい?」

「そりゃいるだろうよ!」

「気味悪くねえのかい?」

「最初はちょっと驚くかも知んねえけど、でも見た目なんて慣れるだろ」

「布に触ったら黒く汚れたりしねえかい?」

「何言ってんだい母ちゃん、汚れるわけねえだろ、肌の色なんだから!」


 ……まあなんとも疲れる会話だとお思いでしょうが、知らない人にとっては異人種というのはこういう感覚ではないでしょうか。


 両親の質問攻撃がひと段落したところで、とりあえず本人に会ってみてくれというところまで話をこぎつけたアントワーヌ。ちょうど兵役の期限も迫っていました。彼は除隊の日に「彼女」を連れて来ると約束し、ル・アーヴルへと戻ります。


 ……では、つづきは後半で。

 

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