そこに誰かいる!「オルラ」②
夜ごとの悪夢にうなされ続ける男。ついにこんな出来事を経験します。
7月5日
いったいこれはどういうことなのだ。
夜、ベッドに入る前、私はコップに半分の水を注いで飲んだ。ふと水差しに目をやると、栓のところまでいっぱいに水が満たされていることに気づいた。
その後はいつもの悪夢だ。ナイフを胸に突き立てられ、血まみれになって息も絶え絶えに目覚める。
何とか気持ちを落ち着かせ、私はまた水を飲もうと先ほどの水差しを手に取り、コップへ注ごうとした──が、水がない。
水差しが空になっている!
どういうことだ。ドアには鍵がかかっている。一体誰が飲んだんだ。誰が水差しを空にしたというんだ? 私か? 私だというのか? 私が夢遊病だとでも? 自分の計り知らないところで私にはもう一人の自分がいるとでもいうのか?
恐ろしくなった男はある実験を試みることにしました。
寝室のテーブルに水と牛乳とワインとパンとイチゴを用意して床につきます。目覚めると──牛乳が減り、水差しは空になっていました。
夢遊病であることを疑いつつ、でも本当に自分が飲んだのか、男はどうしても納得がいきません。
そこで新たな実験をします。
今度は牛乳と水差しの栓を白い布で覆い、紐でしっかりと縛り、自分の唇とひげと手に黒鉛をこすりつけてベッドに入るのです。触ったら汚れるので自分のせいだと分かりますよね。
いつもの悪夢のあとで目覚めると、シーツに汚れた形跡はありません。テーブルへ向かうと、そこには元どおり白い布で縛られたボトル。しかし、男が不安に思いながらその紐を解くと……牛乳も水も空になっていました。
ああ、
男は逃げるようにパリへと向かいます。
都会の喧騒は男の気を紛らわすのには理想的でした。やっぱり賑やかなところで過ごしたり人に会ったりしなきゃいけないんだよ。一人で籠っているからおかしなことを考えるんだ。見えない誰かが家に棲んでいるなんてさ。人はただ原因が分からないことを大袈裟に超自然現象などと言って怯えるだけなんだ。と、前向きに結論づけるのですが……。
その超自然現象を見てしまうのです。
それは晩餐の席で招待客の医師が行って見せた催眠術でした。男は実験台になった自分のいとこが超能力者並みの透視をやってのけることに驚愕します。それだけでなく、催眠の中で医師に命じられたことを、その記憶もないままに翌日行動に移すのを目の当たりにして大きなショックを受けます。
科学的な立場である医師がみずから「目に見えない力」があることを実践して見せたこの出来事は、彼にとって大変なインパクトを残してしまいました。
そして、パリ旅行から戻った男を待っていたのは度重なる怪奇現象。
8月4日
食器棚に仕舞われていたグラスが割れていた。使用人たちはお互いを疑って言い争っている。誰が犯人なんだ。いるのなら正直に名乗り出てくれ!
8月6日
私は見てしまった。庭のバラが見えない手に折られるところをこの目で見てしまったんだ! バラはふわりと空中に浮き、誰かがその香りを嗅いでいるかのようにそこへ留まった。思わず掴みかかったら、バラはふいに目の前から消えた。
私は自分に対して腹が立っていた。私のようなまともな人間がこんな幻覚を見るとは。……幻覚? まさかと足元に目をやったところ、そこには手折られたバラが落ちていた。
私は動転して家に戻った。もう疑う余地はない。ここには確かに何者かが棲んでいる。牛乳や水を空にし、物に触れて動かすことさえできる何者かが──!
そのうち男は自分の意志でできるはずのことが妨げられ、心と体までが操作されていると感じ始めます。誰かが自分を乗っ取り、勝手に支配しているという感覚。自分の意識が抵抗できないところで他者の意志が寄生する感覚。これはまさにパリで見た催眠術です。しかし私を操るのは医師ではなく、目に見えない誰か。
正体を見せないまま自分を支配するその存在に怯え、男の精神は蝕まれていきます。
8月17日
夜中の1時まで専門書を読む。残念ながら満足な答えは見つからなかった。私は窓際に座り、夏の夜の静かな空気に触れて頭を落ち着かせた。
すこしウトウトしたようだ。ふと目を開けて何気なく机の上を見た。すると──。
本のページがひとりでに立ち上がってめくれた。風のせいではない。しばらくするとまたページが繰られた。あたかも誰かが私の椅子に座って読んでいるかのように。
いきり立った私は部屋を横切りその見えない誰かを捕えようとした。その瞬間、椅子が勝手にひっくり返った。机がガタガタと動き出し、ランプが倒れて明かりが落ちた。開けていた窓がひとりでに閉まった。
奴だ、すべて奴の仕業だ!
いよいよポルターガイストが始まってしまいました。怖いよー。
見えない相手への恐怖は膨れ上がるばかり。「奴」とは何者か、そしてこの男のたどる結末は……?
次回、最後のエピソードに続きます。
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