娼婦たちとの宴「マドモアゼル・フィフィ」②

 ノルマンディーの城を占拠中のプロイセン将校たち。退屈しのぎにルーアンから娼婦を呼んでくることにしました。 


 ヴィルヘルム少尉、通称マドモアゼル・フィフィの爆発騒ぎの後で、大食堂も煙だらけです。換気をしようと窓を開けると、外は相変わらずどしゃ降りの雨が続いています。低く垂れこめた雲の先には、町の教会の鐘楼がポツンと見えるのみ。


 この教会ですが、プロイセン軍が占拠してからこっち、鐘は一度も鳴らされていません。教会の司祭が拒否しているからです。外国に征服された町は喪に服している、ということを態度で表しているのです。他のことは言いなりになってもこれだけは譲れないという、沈黙というかたちのレジスタンス。


 プロイセン軍はこれを薄ら笑いで容認しています。別に武器を持って歯向かってくるでもなし、だんまりの愛国心など屁でもないというわけです。

 ただひとり、ヴィルヘルム少尉だけがこの生意気な状況に腹を立て、自分に任せて欲しいと猫撫で声で隊長に頼み込みましたが、少尉の性格を知っている隊長は許可しませんでした。その日、少尉が例のごとく「景気づけ」で憂さ晴らしをしたのは言うまでもありません。



 さて。

 夕刻になり、晩餐の時間が近づいてきました。大食堂に入って来た将校たちは、お互いの顔を見てぷーっと吹き出してしまいます。だって、みんな揃いも揃ってお洒落しちゃって、香水だのポマードだの白髪染めだの、がっつり色気づいてるんだもの。気合い入りすぎ。


 そのうち馬車の音が聞こえてくるとみんなダッシュでお出迎えに行きます。玄関先に現れたのは、ルーアンでスカウトしてきた選りすぐりの5人の美人風俗嬢、もとい、美人娼婦たち。

 ルーアンはもうプロイセンに占拠されていますから、彼女たちはすでにプロイセン兵の相手は経験済みです。だからここへ呼ばれることだって、お仕事と割り切っているのです。

 

 二番目に偉い大尉はもうご機嫌で、馴れ馴れしく彼女たちに触れたりクンクン匂いを嗅いだりと品定めに大忙し。そして我先に指名しようと気がはやる将校たちを制して、等級や年齢によって平等に(?)娼婦を割り振ることにします。


 はーい、みんな身長順に並んでー。えっと、君の名前は?

 パメラよ。

 出品番号1番、パメラ。隊長へ売却ー。


 と、それぞれに担当娼婦を決めていきます(もちろん自分は二番目に好みの女をゲット済み)。


 ヴィルヘルム少尉に与えられたのは、一番若くて一番小柄な、ラシェルというユダヤ人娼婦でした。真っ黒な瞳をしたブリュネットの女。

 ラシェルという名前とその外見の描写から、モーパッサンは彼女がユダヤ系であることをわざわざ強調しています。なおかつ彼女は敗戦国のフランス人であり、娼婦です。まとめてしまえば弱者、差別される要素を全部持っているキャラクター、ということを強調しているのです。


 いきなり寝室にしけこむことは許されませんが、それぞれまずはご挨拶のキスを。

 すると突然、ラシェルが鼻から煙を出しながら激しく咳込みました。ヴィルヘルム少尉がキスを口実にラシェルの口の中に煙草のけむりを流し込んだからです。さっそく嫌がらせを開始する客。その目をただ黙ってじっと見返す娼婦。その黒い瞳の奥には怒りがともり始めていました。敵対国の間に小さな火花が散る象徴的なシーンです。


 さて、何はともあれご馳走をと宴のテーブルについた将校と娼婦たち。

 しぶしぶ承諾したはずの隊長も、すぐ隣に女をはべらせるとやはり上機嫌になるのか、

「いやあ大尉、君のアイデアはなかなかステキじゃないか~」

 と鼻の下を伸ばしています。


 会話が進むうちに、最初は遠慮があった(はずの)プロイセンの男たちの言葉はだんだん卑猥になり、露骨になっていきます。最初からやけくその娼婦たちは本領発揮でサービスを開始。酒をじゃんじゃん飲みながら大笑い、オッサンたちのお膝に乗っかって立派なおひげをつまんでみたり、ルーアンで敵の客に教わったドイツ語の歌を歌ってみたりと大いに盛り上げます。

 オッサンたちも久々の女の肌に鼻をくすぐられ、すっかり羽目が外れてます。もう理性なんかどこかへすっ飛んで乱痴気騒ぎ。飲めや歌えの大騒ぎ。(そして後ろに控えた給仕役の兵隊たちは白けた顔でそれを眺めています。)


 しかし、ヴィルヘルム少尉とラシェルは違いました。


 このドイツ人将校は膝に抱いた娼婦の体をやたらめったら弄んでいたかと思うと、突然きつくつねり、唇をたっぷりと奪った挙句に思い切り咬みつき、ここぞとばかりにサディスティックな本性を出すのです。咬まれた傷から血が流れ、あごへ滴ってドレスへと垂れていく。いかにお仕事とはいえ度が過ぎた行為にラシェルは傷を拭いながら男を睨みつけ、


「あんた、タダじゃすまないわよ」


 しかしそんな娼婦を見て男は

「もちろんお支払いはしてやるさ」

 残酷な笑みを浮かべるのでした。


 そしてデザートの時間になった時、フランス人娼婦たちにとってさらに屈辱的な出来事が起こります。そしてそのことが大事件へと発展していくのですが…。


 つづきは、次回で。  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る