征服者のアンニュイ「マドモアゼル・フィフィ Mademoiselle Fifi」①

 久しぶりにまた普仏戦争がらみのお話を取り上げます。


 普仏戦争がテーマの話といえばこのシリーズの最初に紹介した「脂肪のかたまり」が代表的ですが、こちらもノルマンディーが舞台であり、娼婦の出てくる話です。

 するとタイトルの「フィフィ」が娼婦の名前か? と思いたくなりますね。

 そうではありません。これは男のあだ名です。


 その男はただ今フランスを征服中であるプロイセン軍の、ヴィルヘルム少尉。彼は小柄で細く、金髪で青白い顔をして、ようやくひげが生えかけてきたぐらいの、年若くコケティッシュな雰囲気を持つ男。

 しかし、その優男のような外見が与えるイメージに反して、非情に暴力的な性格です。

 彼はフランス語の「ウイ、ウイ(はいはい、のようなニュアンス)」をもじり、人を侮蔑するような調子で「フィ、フィ」と言うのが口癖。ウイがドイツ語訛りによってフィと聞こえてしまうんですね。それで同僚からマドモアゼル・フィフィと呼ばれているわけです。


 さて、タイトルの意味が分かったところでこのプロイセンの少尉が何をしているのかというと……退屈しています。


 ノルマンディー侵攻後、ヴィルヘルムらプロイセンの将校は、ある町で占領した大金持ちの城の中に滞在中です。次の指令が来るまでお留守番のごとく城にずうっと待機させられています。占拠してからもう3カ月。その間やることもなく、城に閉じ込められたままの毎日。つまるところ仲間の将校たちと暇を持て余しているのです。

 活躍の場もなくやることもない征服者たちはだんだんクサクサしてきます。何の楽しみもなくただコーヒーばかり煽る毎日。しかも外は雨のカーテンのごときノルマンディー式のどしゃ降り。あー退屈! ……まあ当然ですよね。

 

「ああ、もううんざりだ。何か楽しみでもないとやっていられない」

 昼食の席でそう言いだしたのは二番目に偉い大尉でした。

「どのような楽しみだね?」

 隊長が尋ねると大尉はヘッヘッヘと笑い、こう言います。


「宴ですよ。有能な手引きの者がおりますんで、そいつをルーアンへ使いにやって、娼婦のご婦人方を招待するんです。どうです? ステキでしょう?」


 気晴らしの発想ってどうしてもそっちの方向に行くんですね。他の将校たちからも「おねがーい」と熱くおねだりされ、隊長はしようがなく許可を与えます。そして大雨の中、使いの者が馬車をひとっ走りさせてルーアンで娼婦をスカウトしてくることになりました。


 そうすると何となく皆の気分は浮かれ始めます。デリヘルを呼んだようなものですからね。マドモアゼル・フィフィことヴィルヘルム少尉もそわそわして落ち着かず、立ったり座ったり。

 しかし壁に掛かっている肖像画にピタリを視線を据えたかと思うと、いきなり拳銃を構え、


「お前は見てんじゃねえよ」


 二発の銃声と共に肖像画の目を撃ち抜きました。

 えっ? なんで? と思いますね。

 でもこれはほんの序の口。勢いづいた少尉は高らかに叫びます。


「さあ景気づけと行こう!」


 また始まった、マドモアゼル・フィフィの景気づけ。

 この男は酒を飲めば必ずグラスをたたき割り、「景気づけ」と称しては城の中のありとあらゆる貴重品や絵画などを破壊しまくる、簡単に言えば壊し屋です。お遊び感覚でやたらと銃をぶっ放します。だから、美術館張りのコレクションを誇っていた芸術品は見るも無残な状態。この男のおかげで今やこの屋敷に価値あるものは何も残っていません。

 

 さて、何かよい道具はないかと家探ししていた少尉は、お誂え向きの陶器のティーポットを見つけました。中に爆薬を仕込み、居間に仕掛けて導線に火をつけます。爆発音とともに屋敷が揺れると、喜び勇んで一番乗りに居間へ飛び込む少尉。


「やったー! ついにヴィーナスの首がもげたぞー!」


 手を叩きながら大はしゃぎ。どれぐらいイカれてるかが分かりますね。暴君ネロばりの残虐さを備え、この城での生活の鬱憤を破壊行為で晴らす男。

 そして同僚たちはと言えば、そんなマドモアゼル・フィフィのお遊びに喜び、隊長すらお見過ごしになるという規律のなさ。退屈した征服者たちの自堕落な精神状態を表していると思います。


 さて。

 そんな荒んだ気持ちのみなぎるプロイセン将校のところへ、ついにルーアンから娼婦たちがやってきますが……。


 次回につづきます。

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