子どもの幸せって何だろね「田舎にて Aux Champs」

 定番に戻って後味悪いのをひとつ取り上げましょうね!

 後味悪いから爽やかにね!


 ある田舎の村に、チュヴァッシュ家とヴァラン家という、隣同士の貧しい百姓がおりました。それぞれ子どもは4人ずついて、一番小さいのはそれぞれ1歳半にも満たない男の子たち。まだバブバブ言ってます。

 隣同士なので子どもたちはみんな一緒くたに育てられ、遊ぶのも一緒、食事も一緒。テーブルに粗末な食べ物を並べ、とりあえず腹一杯にしとけ、みたいな感じ。父親たちは自分の子どもの見分けがつかず、母親たちでさえも、「えーっと、どれだっけ?」と迷ってしまうぐらい。

 そんな、まるで一つの家族のような二つの家族でした。


 ある日の午後、一台の馬車がやってきて、この二軒の家の前で止まります。乗っていたのは子どものいないお金持ちの夫婦でした。奥さんは泥んこだらけになって遊んでいる子供たちを見つけて大喜びします。


「まあ、なんて可愛いんでしょう!」

 思わず駆け寄って一緒に遊び、自分に子どものいない憂さを晴らすようにバブバブを抱っこする奥さん。それをちょっと自分の過失であるかのような気持ちで見ている夫。


 奥さんは本当に子どもたちが可愛かったんでしょう。夫婦はそれから毎週現れるようになります。奥さんは子どもたちと大はしゃぎで遊び、ポケットにいっぱい詰め込んだお菓子や飴を与えてたっぷりと甘やかすのです。そのうちこの夫婦は毎日やって来るようになり、親たちとも近づきになっていきました。


 ある朝のことです。夫婦はいつになく真剣な顔でチュヴァッシュ家を訪れました。そして奥さんは開口一番、

「お宅のバブバブを私どもに下さいませんか!」


 ほら来た。まあそうなることは予想できたよね。奥さん、このバブちゃんを自分の子どもにしたくなったのです。

「私どもならいい教育を施し、行く末には遺産も分け与えられます、毎月お手当としてお金も差し上げます」


 しかし両親はそれを聞いて激怒します。

「何だって?! うちの可愛いシャルロを売れだって?! そんなことできるはずないだろう! 金で釣ろうなんてとんでもない話だよ! どこの親が自分の大事な子どもを売るもんか!」


 そりゃ正論だ。夫婦はチュヴァッシュ家をあきらめ、もう一人のバブバブがいるヴァラン家に行き、同じことを提案します。しかしこの時は夫が口をきき、怒らせずにうまく説明することに成功しました。


 毎月決まった額をもらえる、遺産も分け与えられる…。

 ヴァラン夫婦は金の引力に抗えず、可愛い盛りのジャン坊やを夫婦に差し出します。


 ここから、この二つの家族に亀裂が生じ始めました。


 ヴァラン家は毎月のお手当のおかげで暮らしぶりも潤います。しかし、チュヴァッシュの奥さんはことあるごとに「息子を売った」この家族を責め、あんな恐ろしいことをするのは非人道的だと村中に噂を広めます。そして自分が守ったシャルロを抱いては、

「お母ちゃんはお前を売ったりしなかったよ。いくら貧乏でも大事な息子を売るもんかね。売ったりするもんかね、隣みたいに」

 と言い聞かせるのです。シャルロは母親に「売られなかった自分が一番」という優越感をたっぷりと植えつけられて育ちました。


 さて、話は20年後になります。

 シャルロは21歳。両親は老い、兄弟は戦争に取られたり亡くなったりして、労働力はシャルロの一身にかかっています。家族のため身を粉にしてつらい仕事をする毎日。

 そんなある日、彼は一台の馬車が家の前に止まるのを見ました。

 中から降りてきたのは、自分と同い年ぐらいの青年。しかしお金持ちのご子息です。その身なりの立派なこと。青年は年老いた女性と一緒にヴァラン家へ入って行きます。

 そう、この青年はあの時引き取られたヴァラン家のジャンです。


「ただいま、ママン」

 爽やかでリッチな若者がいきなり帰って来たものだからヴァラン家はもう大騒ぎ。

「お前なのかい?! ジャン! 本当にお前なんだね! こんなに立派になって!!」

 両親は感涙にむせび、村長から神父から先生からみんなにお披露目しようと意気揚々と出かけます。

 その様子を、隣からシャルロはじっと見ていました。


 その夜、貧しい夕飯を食べながらシャルロは両親に言いました。

「あんたたちは馬鹿だ。あんな幸運をジャンにくれてやるなんて!」

 母親は頑として言い返します。

「あたしたちゃお前を売りたくなんかなかったんだよ」

「こんな犠牲、俺にとっちゃ不幸でしかない!」

「我が子を守ったことに対してなんて言い草だ、お前は親を責めるつもりか!」

 声を荒げる父親に、シャルロは立ち上がってこう言います。


「ああ責めるとも。あんたたちは馬鹿だ。こんな親を持った子どもは不幸だ。俺はこんな風に生まれたくなかった。こんな人生を送りたくなかった。ジャンを見た時、俺の胸は張り裂けそうになったよ。『ああ、もしかしたら今頃こうなっていたのは俺の方かも知れないのに!』って。

 俺はここを出て行く。このままじゃ俺はきっと朝から晩まであんたたちを恨み続ける。この惨めな人生に俺を縛りつけたあんたたちを。分かるか、俺は絶対にあんたたちを許さない!

 もう無理だ、こんなの辛すぎる。俺はどこかでもう一度人生をやり直したい!」


 シャルロはそう言ってドアを開けました。隣からは賑やかな声が聞こえてきます。凱旋したジャンを囲んでの、楽しそうな祝宴の声が。


 シャルロは両親を振り返り、ひと言、「畜生!」と叫ぶと、夜の闇の中へ消えていきました。


 ……おしまい。


 シャルロが持っていた優越感には何の意味があったんでしょうね。親の想いとは所詮きれいごとなのか。ジャンを見た瞬間に沸き上がった嫉妬の嵐は、優越感を吹き飛ばすほどの威力があったのか。子どもの本当の幸せとは何なのか…?


 とても短い話ですが、色んな思いがいっぺんに詰まっています。

 地味な作品にも関わらず、実は先生の話の中でも「最も出来がよく最も残酷な短編のひとつ」として知られているそうです。


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