クリスマスなんて大嫌いだ!「クリスマスの夜 Nuit de Noël」

 クリスマスなのでクリスマスにちなんだお話を。といってもモーパッサンですから一筋縄ではいきません。ご了承ください。



 ──クリスマスだと? そんなものおれは大嫌いだ!

 ここにクリスマスと聞いてあからさまに拒否反応を示す男がいます。

 友人たちが訳を尋ねると、

「クリスマスってのはね、おれにとって人生最悪の出来事があった日なんだよ。知りたいかい? じゃあ聞かせてやろう」


 ──2年前のことだ。

 その年はひどい寒波で、セーヌ河も凍りつくほどだった。おれは大きな仕事を抱えていて、クリスマスの招待を一切断って執筆をしなければならなかった。おれは食事もそこそこに机に向かった。

 ところがだ。10時ごろになると通りから楽しげな声が聞こえてくる。アパートの壁ごしに晩餐の支度をする音が聞こえてくる。

 参ったね、浮き足立った雰囲気に邪魔されてどうにも集中できないんだ。これはもうダメだと思った。こんな時にまともな文章など書けやしない。おれは女中を呼んでこう言った。


「二人分のご馳走を買って来てくれ。牡蠣とか蟹とかハムとか色々、あとケーキも。それからシャンパンを2本頼む。テーブルに準備できたらお前はもう下がっていい」


 テーブルに二人分のディナーが用意されたところでおれは外へ出た。が、出たところでなんの当てもなかった。おれの恋人たち(さりげなく複数形)はみんなどこかへ招ばれてるし、確保するには先約が必要だ。そこで考えた。

 パリの通りにはこの寒空に凍えているかわいそうな美しい女がごまんといるはずだ。だったら自分の理想に適うのをひとり見つけて、あたたかい施しをしてやるのはどうだ。そしたらおれも淋しくない。これはいい。よし、早速ナンパしに行こう。


 というわけで歓楽街あたりをウロウロした。

 しかし探してる時に限っていいのが見つからない。通りでナンパ待ちしてるのは痩せぎすの女ばかりだ。おれはまるまる太ったのが好きなんだ。肉がついてるほどそそられるんだよ。


 すると、劇場のそばにどうやらおれの趣味らしい女が立っているのが見えた。おれは舐めるようにその女の姿かたちを見た。まるで脂ののったガチョウだ。おれは思わず呟いた。サイコーじゃん!

 あとは顔を確かめなきゃ。いいかい、顔ってのはデザートなんだよ。残りは、そうだな、ロ…ローストチキン。(おっとこれは僕が書いたんじゃないです。先生には女性の体を食べ物に例える悪いくせがあって…。)


 おれはササっと近寄ってガス灯の下で女の顔を見た。女は若く可愛らしく、ブリュネットで大きな黒い目をしていた。声をかけたらあっさりとついて来たよ。完璧な流れじゃないか。

 

「まあ素敵!」

 女はアパートに入るなりそう言った。凍てつくような夜の街からこのあたたかい宿にありつけて心底嬉しそうだった。彼女、ムチムチして本当に可愛いんだよ。ときめいちゃう。

 で、おれたちはさっそくディナーを始めたんだがね、彼女、あんまり食が進まないみたいなんだ。何か重大な心配事でもあるようにため息ついちゃってさ。

「どうしたんだい、悩みでもあるのかい?」

 と訊いても、

「いいの、何もかも忘れましょ」

 って答えるだけ。

 そのうち彼女はシャンパンを飲み出した。グラスに注いでは一気に空けて、また注ぐ。それを繰り返してるうちに頬っぺたが赤くなってきちゃってさ、笑い上戸になって。もう可愛いったらないね。おれはたまらなくなってキスの雨を降らせたよ。彼女は馬鹿でも下品でもない、その辺の立ちんぼの女とはまるで違うんだ。おれは身の上話でも聞き出そうと思ったんだけど、「あなたには関係ないわ!」だって。


 それから1時間ののち……。

 ベッドインの時が来た。おれがテーブルをどけてる間に彼女はさっさと服を脱いで布団に入った。

 隣からはバカ騒ぎが聞こえる。おれはこの女を見つけてよかったと心底思った。こんな時に仕事なんてできっこなかったんだ。


 そしたら突然、ベッドにいる女がうめき始めた。おれはびっくりして「どうした?」って訊いた。でも女は答えもせずますます苦しそうな声を出すんだ。おれは近寄ってその女の顔を見た。驚いたよ。彼女、どこかがものすごく痛むみたいに、顔を歪めてる。

「一体どうしたんだい?」

 でも女はただ張り裂けんばかりの叫び声を上げるばかりだ。

「どこか痛むのか? 言ってごらん」

 女はついに絶叫した。隣のアパートの声が静まった。おれの部屋で何かが起こってると気づいたらしい。


「どこが痛いんだい? 言ってごらんよ」

「…お腹が…! お腹が……!」

 お腹?

 おれはすぐに布団をめくった。そしたら……、

 

 ──彼女、子どもを産もうとしてるんだよ!!


 おれは我を忘れて全力で壁を叩いた。

「助けてくれ! 誰か助けてくれ!」

 すぐにドアが開いて隣の連中がなだれ込んできた。仮装パーティでもやってるらしく、ピエロだのトルコ人だの三銃士だの、わけの分からん酔っぱらいばかりだ。おれはこいつらに彼女を触らせるのは危険だと感じて、通り向こうの老医者を呼びに走った。


 おれが医者を連れて帰った時には、アパートはもうごった返していた。ここの住人どもがみんなして詰めかけていた。中にはおれのテーブルでちゃっかりシャンパンを飲んで蟹を食ってる奴らまでいた。


 ひときわ大きな叫び声がベッドから上がったと思うと、乳しぼりの格好をした女がおれのそばに来た。布に包まって泣き声を上げる皺くちゃの物体を差し出して、おれにこう言った。


「女の子ですよ」


「……」


 医者は女を診察して、危険な状態だと判断した。すぐに看護婦と乳母を呼びにやり、薬を持って来させた。

 医者はおれに向き直って言う。

「ご主人、」

「ご主人じゃないです」

 おれは即座に否定した。

「どっちでもいいですがね、しばらくの間は安静にしていないといけません。しっかり看病して下さい」

 この女、もうおれの奥さんってことになってる。

 どうしろってんだよ。病院に入れてしまうか? そんなことしたらおれはアパート中、いやこの界隈中で人でなし扱いされてしまう。

 看病したよ、ああ。彼女、6週間おれのベッドにいたよ。


 子どもはどうしたかって? 郊外の農家に引き取ってもらった。養育費として月50フラン(5万円)かかるんだ。一度払っちまったもんは払い続けなきゃいけないだろう。そのうち子どもはおれのことパパって呼びだすに違いない。


 それよりも何よりも耐え難いのはその女だ。よりによって本気でおれに惚れやがったんだ。子どもを産んだ後は見る影もなく痩せ細ってさ、治ったから追い出してやったんだけど、昼だろうが夜だろうが通りに現れてはおれにつきまとうんだ。もうこっちの気が狂いそうだよ。


 分かったかい。だからおれはクリスマスが大嫌いなんだよ──。



 モーパッサンお得意の「こんなはずじゃなかった系」小噺、クリスマスバージョンをお届けしました。妙に作者の影がチラチラすると思うのは僕だけでしょうか。


 というわけで、本年は以上です。いつもお読みくださり、ありがとうございます。

 皆様は、よきクリスマスをお過ごしください。



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