思わぬどんでん返し「家庭」③
『第4話 隣りの女たち』
おばあちゃんが亡くなったという噂はあっという間にご近所に広がります。あれほど口汚いばあちゃんを嫌っていたくせに、こういう時は近所の奥さんたち、親切がましく次から次へとお悔やみを言いにくる。正直なところ、ばあさんがちゃんと死んでいるのを確認して安心したいってことだけど。でもそんなのはおくびにも出さず、「この度は誠に残念なことで……」なんちゃって、目頭を押さえてみせたりして。
奥さんの方も心得たもので、姑を看取った健気な嫁を精一杯演じます。ウソ泣きなんてお手のもの。ひとつのグループが去ればまた次のグループがやって来る。そのたびに奥さんは新しく涙を流して同情をあおり、お客さんの好奇心を満たしてやる。まあお互いの芝居の上手なこと。お隣さん同士ってのはこうやって持ちつ持たれつやってるんでしょうか。
で、その様子をしっかり見ているのが二人の子どもたち。午後になって来客が減ると、今度は子どもたちが近所のガキどもを呼んできては、おばあちゃんの眠っている姿をお披露目するんです。娘は母がやっていたのと同じように涙を流して見せる。ここは子役の芝居の方がうまいようです。親のやること、子どもは全部見てますよ。
『第5話 おばあちゃん、時間ですよ』
その夜、疲れ切った家族は会話もなく夕飯のスープを食べていました。すると突然オイルランプの明かりが消えてしまいました。急な停電。家は真っ暗。
しまった、バタバタして油を買うのを忘れていた。仕方ない、ろうそくを……。あら、おばあちゃんの部屋にしかないわ。
奥さんはおばあちゃんの部屋のろうそくを取って来るよう娘に言いつけました。
しかし。
階段を降りてきた娘は、震えながらがく然とした様子でこう言うのです。
「パパ、おばあちゃんが、着替えてる!」
何だと?!
「お、おばあちゃん、着替えてる……降りてくるわ……!」
夫婦はあわてて階段を駆け上がります。ドアから見えたものは、大理石付きの箪笥がプラスチックケースに変わっていることに戸惑いながらも、服を出してゆっくりと着替えているばあちゃんの姿。おばあちゃん、ただ失神していただけなんです、まる一日。
よかった、ママンが生きてた!
カラヴァン氏は泣きながら母親に抱きついてキスの嵐を浴びせます。妻はそれを見ながら顔を引きつらせて、
「よかったわ……ほんとによかったわ……」
またしてもウソ泣き。
でもばあちゃんはニコリともせず冷たい視線を夫婦に浴びせます。
「夕飯の支度はできてるのかい?」
「もちろんだよ、ママン。待ってたんだよ!」
おばあちゃんは夫婦を従えてゆっくりと階段を降りていきました。
『最終話 息子の詫び状』
そこへ現れたのが電報を受け取ってやって来た妹夫婦。死んだと聞いていたはずのおばあちゃんが階段を降りてくるのを見てびっくりします。妹の夫は思わず、
「なんだい、生き返ってるじゃないか」
とポツリ。
妹の方もわけが分からず、
「義姉さん、どういうこと? 死んだっていうから来たのに」
夫はすかさず妻をつねって「黙れ」のサイン。
「いやあ、夕食のご招待なんて嬉しいなあ。遠慮なく来ちゃいましたよ。お義母様も相変わらずお元気そうで」
と機転を利かせて精一杯ごまかします。
何かを見透かすような目で自分を取り囲む子どもたちを眺めるおばあちゃん。
とりあえず全員でテーブルに着きますが、その時「お届け物でーす」と玄関で声がします。カラヴァン氏が受け取ると、それは注文した訃報ハガキ。ヤバい、これは見られちゃいかん! ととっさに上着の中へ隠します。
皆が弾まない会話をしながら食事するなか、おばあちゃんは暖炉の上に置かれた自分の置時計をじーっと見ていました。
そこへなんとシュネ先生登場。おばあちゃんをひと目見て絶句しますが、すぐに立ち直り、
「おばあちゃま! もうすっかりお元気で! きっとそうだろうと思ってましたよ、ハッハッハ!」
おいおい、そこのヤブ医者。死んだって言ったのはあんたなんですけど。でもドクターは悪びれもせず食後のコーヒーに参加します。この人の神経すごい。
おばあちゃんはお疲れの様子で部屋に戻ろうとします。あわてて近づこうとした息子の目をじっと見つめて、ひと言。
「お前、あたしの箪笥と置時計、いますぐ部屋にお戻し」
カラヴァンは凍りついて、
「はい、お母様」
「……お前たちは泥棒だよ、ろくでなしだよ、ヤクザだよ! あたしの耳にはあんたたちの言ってることが全部まる聞こえだったんだよ。あたしゃお前たちを……お前たちを……!」
ののしりながら階段を上がっていくおばあちゃま。羞恥心で固まってる夫婦。それを見てざまあみろと笑っている妹の夫。
なんというどんでん返しな夜!
ラスト、皆が帰ったあと妻と二人きりでテーブルに向かい合ったカラヴァン氏は、冷たい汗をこめかみに流しながらこう呟きます。
「……おれ、明日上司にどう言い訳すればいいんだ?」
おしまい。
これはちょっと長めの短編ですので僕はけっこう端折っていますが、本編は一文ごとに皮肉が効いていて、一行ごとに笑えます。ブラックなホームコメディといいますか。ドラマにしたらかなり面白いものができるのではないかと思いますが、どうでしょう。そこはやっぱり、脚本・向田邦子で。
ちなみに各エピソードのタイトルは、向田先生の代表作『寺内貫太郎一家』『阿修羅のごとく』『あ・うん』『隣りの女』『時間ですよ』『父の詫び状』から勝手にもじったものです。完全に個人的な趣味に走ったことをお許しください。
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