19世紀風ホームドラマ「家庭 En Famille」①
ホームドラマやります。三夜連続放送で全6話です。
タイトルは『家庭』。
これはそのまんま日本に舞台を置き換えてもいいぐらい万国共通なお話です。現代でも通用します。脚本は、そうですね、僕の大好きな向田邦子先生にお願いできると嬉しいです。モーパッサン×向田邦子、夢のコラボ。絶対実現しないけど。
では、主な登場人物を。
〇カラヴァン氏:海軍省に勤める小役人(モーパッサンの餌食)。30年間ずっと仕事と家の往復しかしていない。
〇奥さん:カラヴァン氏より20歳年下だが、しっかり者で頭の回転が速い。夫のよきアドバイザー。いつも掃除ばかりしているきれい好き。
〇娘:12歳。口の達者なところがどんどん母に似てくる。
〇息子:9歳。見た目も頭の出来も残念な男の子。
〇おばあちゃん:カラヴァン氏の母。御年90歳。家族と同居中。部屋の窓から近所の人たちと喧嘩をする要注意人物。
〇シュネ先生:カラヴァン氏の友人。看護医という現在にはない職業だが、自らドクターを名乗っている。
『第1話 アルフレッド・カラヴァン一家』
カラヴァン氏はいつもの仕事を終えて帰宅中。彼は地味な小役人です。おんなじ生活を繰り返すうだつの上がらない毎日。よっぽど公務員時代がつらかったのか、モーパッサンはこの仕事の悪口を始めるとキリがないです。
同じトラムウェイに乗っているのはドクター・シュネ。この人は自称ドクターですが、正式医ではありません。この時代は2つの種類の医者がいて、彼は医学部に行っていない部類に入ります。戦争で負傷した兵隊の救助など実地経験でやって来た「看護医」とでもいう種類の医者です。現在はカラヴァンの住むパリ郊外に開業していて、下町の住人の面倒を見ています。
彼らは駅前の居酒屋で一杯やってから帰宅するのが日常です。ありがちな光景。
「おーい、帰ったよ」
小さい三階建ての家に帰ったカラヴァンが声をかけると、常に掃除をしていないと気が済まない妻が布巾を片手に出迎えます。
「お帰りなさい。役所はいかがでした?」
「うん、人事異動があったよ。新しい部長が来た」
「えっ? 普通ならあなたが昇格するところでしょう。いったい誰?」
「ボナソ」
「あなたより若いじゃない」
妻よ、それを言わないでおくれ。
そこへ外で泥んこ遊びをしていた二人の子供たちが大騒ぎをしながら帰って来ました。目くじらを立てて掃除し直す母。
「パパ! 今日は役所どうだった?」
と最近妻に似てきた娘が訊きます。
「うん、新しい部長が来たよ」
「えっ、パパじゃないの? またパパは出世を越されたの?!」
だからそれを言わないでおくれって。口調まで妻そっくりなんだから。
「ほらほら、もうご飯の時間よ」
と家族はちゃぶ台(テーブル)に着きます。
「おばあちゃんは?」
カラヴァンが尋ねると、妻はうんざり顔でこう答えます。
「勘弁してほしいわよ。今日は床屋のおかみさんと喧嘩よ。やめて頂戴って言ったらすねちゃって部屋にこもりっきり。ほんと、自分に都合のいいことしか聞こうとしないんだから!」
口の悪いおばあちゃんをフォローしきれない奥さん。嫁と姑というのはいつの時代もなかなか難しいようで。
「おばあちゃん呼んできて。お味噌汁(スープ)が冷めちゃうでしょ」
母に言われて娘はおばあちゃんの部屋へ上がっていきました。
「あなたは自分の母親を甘やかしすぎるのよ。だからああやって調子に乗るんだわ」
妻がカラヴァン氏を責めていると、娘が真っ青な顔で階段を降りてきます。
「大変、おばあちゃん、倒れてる!」
ええっ?!
家族はびっくりしておばあちゃんの部屋へ駆けつけます。おばあちゃんは床に倒れていました。もともと年齢には勝てず失神することが多かったのですが、今度は様子が違う。ベッドに寝かせて必死で手当てしても目を覚ましません。
「ドクターを呼んできてくれ!」
女中に言いつけてシュネ先生を呼びにやります。駆けつけた医者はおばあちゃんを診察してからひと言、
「ご臨終ですね……」
ウソだ、ウソだ!
ママ──ン!!
カラヴァン氏は母の体にすがって泣き出します。どんなに口の悪いばあちゃんでも母は母だもんね。カラヴァン氏かわいいなあ。だけど、子どものように取り乱して泣きわめく夫をよそ目に、妻は泣き真似をしながら遺体の周りにろうそくを灯したりお清めの塩水を用意したり。すごいテキパキしてるんですけど。こういう時、ほんと本心が出るよなあ、と思います。
……では、第2話へつづきます。
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