僕の恋敵は男装の麗人「ポールの恋人 La Femme de Paul」①

 同性を好きになる人間、または両方の性を愛せる人間、っていうのはどの時代でも一定数存在したはずで、例えば昔の作家にもそういう人たちはいますよね。ヴェルレーヌとランボーは発砲事件まで起こす血なまぐさいカップルだし、プルーストなんか男娼館を開く友人のために資金を調達してやって、ついでに自分もちょいちょい遊びに行ってたなんていうから開き直ったもんです。まあイギリスと違ってフランスじゃ同性愛がバレても罰されることはなかったから、そこまでビクつく必要もなかったんだろう。


 でもこういった有名人は別として、この当時の同性愛者は絶対的に日陰の存在だったはず。と、僕は思ってました。そしたらまさにそんな人たちを描いた話がありました。しかもこの頃なら決して表の社会には出てこなかったであろう、レズビアンの登場する話。

 それがこの「ポールの恋人」です。


 ポール君は上院議員の息子です。お坊っちゃんの彼はみんなにちやほやされています。

 今日は恋人のマドレーヌ嬢とパリ郊外のセーヌ河へボート遊びに来たところ。7月の週末はたくさんの人たちでレストランもテラスも賑わっています。ここでも彼は「ムッシュ・ポール」と呼ばれて一目置かれている。まあすべては親の七光りですが。


 さて、河で筋肉自慢の男たちがボートレースをやって楽しんでいる中、一隻のボートがのんびりとこちらへ向かって来ました。

 乗っているのは4人の女たち。そのうちの一人は、ブロンドの髪に白いフランネルの上着。ズボンをはいた足を腰かけの上に伸ばし、悠々と煙草をふかしている。そう、彼女は男装しています。


 それを見て、船乗りをしている人も川岸にいる人もみな目が釘付け。


 当時の女性の衣装を考えると、この女の出で立ちが相当エキセントリックであることは間違いありません。みんなが目を奪われるのも無理はない。


「レスボスだ!」

 どこかから声が上がりました。

「レスボス」とはレズビアンを意味する言葉です。


「レスボス! レスボス! レスボス!」

 川岸の人たちからレスボスコールがかかります。人々は彼女らに熱狂的な声援を送るんです。男たちは帽子を取り、女たちはハンカチを振る。テーブルに上ってその姿を見ようとする者までいる。

 これはどう想像すればいいだろう、ドラッグクイーンを見たような感覚かなあ。奇抜なファッションに身を包んで、まるで見せびらかすように堂々としているレスボスの女。半分好奇の目もあるだろうけど、彼女たちは人気者なんです。


 ところがここに一人それが気にくわない男がいました。ポール君です。彼はレスボスが大嫌い。だから侮辱の意味で口笛を鳴らし、

「あんな女どもは首に石でもつけて沈んでしまえばいい」

 ヘイトスピーチまる出し。


 向かいに座ったマドレーヌ嬢はポールの態度と言葉が許せません。あんたには関係ないでしょう、と抗議しますが、

「僕だったらああいう連中は刑務所送りにしてやるさ。いいかい、絶対にあの女どもと口をきいたりしちゃダメだぞ」

 とくぎを刺します。


 しかしマドレーヌも負けていません。

「あたしは自分の仲良くしたい人と仲良くするわ。あなたが気に入らないんならここで別れたっていいのよ。あたしはあなたの妻じゃないんだから」

 それを聞いてポールはぎくり。それはいやだ。だって彼はマドレーヌに首ったけなのだから。


 ちょうどその時、レスボスたちがカフェに凱旋してきます。みんなやんややんやで握手を求めたりしている。彼女らも自分たちの人気を分かっているから女王のように君臨している。


 ただひとつ気になるのが「肉のつきすぎた尻や太ももをたっぷりとしたズボンに包み、まるでガチョウのように歩く」という微妙な描写……。いくら肉づきのよい女性が美人という時代でも、これは悪意しか感じられない。だから、これは作家の目線というよりは、ポールの敵意ある目線だと理解した方がいいのかも知れません。こんな描き方をされても、彼女は人々から注目されるカリスマ的な魅力を放っているのです。まあ言ってみれば太めのオスカル登場ってところかな。


 マドレーヌの瞳には炎がともり、その男装の女に呼びかけます。

「ポーリーヌ!」

 ポールに対してポーリーヌ。ちょっとあざとい? いや、これが後で効いてきます。


「やあ、マドレーヌ! こっちにおいでよ!」

 マドレーヌはオスカル、もとい、ポーリーヌのそばへ寄り、親し気に話をしている。そんな彼女を見てポールは危機感を覚えます。嫉妬心がメラメラ燃え上がる。思わず立ち上がって近づき、

「こんなクソ女と話をしちゃダメだって言ったろ!」

 おいおい、本人の前でクソ女呼ばわりかよ。


 だけどポーリーヌはポールよりも口が達者だった。逆にこっぴどく遣り返されてみんなの前で恥をかかされるポール君。悔しい。でも絶対にマドレーヌをなびかせちゃいけない。彼はどうしても彼女を繋ぎ留めたい。


 ポールVSポーリーヌ。さてどんな結末を迎えるのか。

 つづきます。

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