父なし子のかなしみ「シモンのパパ Le Papa de Simon」①

 ああ、ついに選んでしまった……。


 これ、モーパッサンの作品でも、僕の涙腺崩壊小説第一位に輝く短編です。とてもとても好きな話です。冷静に語れるか分かりません。タイトルを書いた時点でもう目が潤みはじめてます。途中で泣いたらごめんね。

 いやいやお前のことはどうでもいいという声が聞こえるので、気をひきしめて。


 舞台はある田舎の村。シモン、7歳か8歳ぐらい。ちょっと青白い顔をして、でも清潔な身なりをして、恥ずかしがり屋でぎこちない雰囲気の男の子。

 彼にはお父さんがいません。亡くなったのではありません。最初からいないのです。いわゆる私生児です。


 シモンはブランショットという母と二人で暮らしています。容易に想像してもらえるとは思いますが、この時代の未婚の母というのはそれ自体が恥のように扱われます。社会から蔑まれ、つまはじきにされる存在です。不埒な女というレッテルを張られた彼女は村の人たちから白い目で見られている。

 きっと好きになった男から「結婚しよう」なんて甘い言葉をかけられたんだろうな。それで心と体を許してしまった。なのに子どもができたと知った瞬間、そいつは姿をくらました。

 結局こういうことになるとやっぱり女性は弱者になるのだと思う。自分ひとりだけ安全な所へ逃げた男の方は責めないで、全ての結果を背負って生きている女の方を世の中は叩く。理不尽だと思うけど、それが現実。

 だからブランショットは隠れるようにひっそりと、シモンと二人だけの静かな生活を送っていたのです。


 その日は初めてシモンが学校に行った日でした。弱い者を叩く大人の態度は、当然のごとく子どもにも伝染します。だからさっそくシモンは下校途中に子どもたちに捕まります。


「おい、お前の名前を言ってみろ」

「……シモン」

「苗字を言ってみろよ」

「……シモン」

 シモンはそれしか答えられません。父親のいない子どもは、つまり苗字がない。これは致命的な欠陥です。そして苗字というのはこの話のキーワードのひとつでもあります。


 ──父親のいない子──。

 子どもたちはこの事実だけで自分たちが彼よりも勝っていると感じます。いかに自分の父親が意地汚く、酔っぱらいで母親につらく当たるような男であっても、いないことよりははるかに優れているのです。


「シモンには父ちゃんがいない!」

「シモンには父ちゃんがいない!」


 シモンを取り囲み囃し立てる子どもたち。シモンは懸命に戦ってみせるものの、体の大きな上級生たちからボコボコにされてしまいます。服は破られ、地面に這いつくばる。悔し涙があふれる。

 子どもたちはそれを見てますます調子に乗り、容赦なく彼を追い詰める。

「父ちゃんがいない! シモンには父ちゃんがいない!」

 シモンは砂利を手に掴み、囃し立てる連中に思い切り投げつけます。子どもたちはわあわあ言いながら逃げて行きました。


 たったひとり残されたシモン。

 生まれて初めて、社会が自分をどう見ているかを思い知った彼は、川に身を投げようと決意します。川べりでふいに現れたカエルに気を取られて遊んだりしてみるものの、家のことやお母さんのことを思い出したシモンはまた泣き出します。寝る前のお祈りをしてみたけど無駄。涙がどんどんあふれてきて、胸が張り裂けそうになって、ただ大声で泣くことしかできない。彼は自分の境遇をどれだけ恨めしいと思ったことだろう。我を忘れて泣き続ける少年。


 すると突然、がっしりとした手が彼の肩に置かれ、太い声が後ろから聞こえました。

「どうしたんだい坊や、そんなに泣いたりして」

 驚いたシモンが振り返ると──。

 

 ここで本当の主役が登場。

 次回に続きます。

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