ナンパした女の正体は……?「墓場の女」②
親切ついでにちゃっかり女の家にお邪魔した男。
ソファで隣同士に腰かけ、またお喋りの続きをします。最初は紳士的に振舞ってる男ですが、女がそっと帽子を取って、その美しい瞳で彼をまっすぐに見つめた途端──、
負けます。
本能が勝ちます。彼は彼女を抱きすくめ、キスの雨を降らせるのです。
女はあらがいながら、
「おしまいになさって。どうかおしまいになさって……!」
おしまいになさるってどういう意味? やめろってこと? それとも今していることを最後まで終わらせろってこと?
男は一瞬理解に苦しみますが、そこは自分に都合のいいように解釈し、「最後まで終わらせる」という選択をします。女も多分そのつもりだったと見えて、わざとらしく抵抗することをやめます。だったら最初からそうすればいいのに、わざわざ勿体ぶるんだからな。
モーパッサンはこういう「おやめになって」系のシチュエーションに萌えるらしく、ちょいちょいこのようなシーンが出てきます。理性を失って全力で口説く男と、「おやめになって」と繰り返した挙句、落ちる女。昼メロか。かゆい。
彼らはそのあと一緒にレストランへ食事に出かけ、また彼女の家に戻って来て、……結局つき合い始めたってことですね。
そんな関係が3週間ほど続きました。
男はだんだん飽きてきました。女に。勝手だなあ。やっぱりこれ作者の話だよ。
で、仕事で旅行に出るなんて嘘をついて、さりげなくフェードアウトしようとします。女は、お帰りになったらまたきっと会いにいらしてね、なんて情熱的な瞳で見つめちゃって。彼女、けっこう僕に惚れてんだなあ。いや分かるんだよ僕には。罪な男だよ僕も。
フェードアウトした彼はまたほかの女性とつき合ったりして1か月ほどは気ままに暮らします。でもあの墓地の女のことがなぜか忘れられない。まるで解けないミステリーのように心につきまとう。あの濃密な時間の思い出を消し去ることができないのです。
それは君、要するに惚れていたのは君の方だったって話だろう。認めたらどうだい?
男はふと考えた。そうだ、モンマルトル墓地に行ったら、また彼女に会えるかもしれない。期待を胸にモンマルトル墓地へ向かう男。
例の士官の墓石には誰もいませんでした。お供え物も花もなかった。がっかりして墓地をさまよい歩いていると、喪服の男女がこちらに向かって歩いて来るのが目に入ります。近づいてくる女を見た男はびっくり。
あれえ? 彼女じゃないか──!
すれ違いざま、女はチラリと男に目をやります。その眼は、「話しかけないでちょうだい」と言っていました。と同時に、「また私に会いにいらっしゃいよ、モン・シェリ」とも言っていました。
同伴の男は50歳ぐらいの名誉勲章をつけた立派な紳士。女を支えるようにして、しっかりと抱きながら墓地を出ていく。その姿は、いつかの自分と全く同じ──。
男は呆然として二人の背中を見送ります。僕はいったい何を見たんだ? なんなんだあの女は? これはもしかして、だまされたってこと? これは新手の商売なの? 墓地で憐れな未亡人を装い、裕福そうな男をねらって声をかけさせる、えーっと、何というんだ、「未亡人詐欺」とでもいうのか。しかしよりにもよって墓地でナンパ待ちするなんて、まったく不謹慎きわまりない女だ。まあそんな自分もだまされちゃった一人だけどさ……。
そのあと僕は思った。
──彼女、今日はいったい誰の墓で未亡人をやってたんだろう、って。
ラブコメ終了。
このオチのひと言、僕はかなり好きです。
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