墓地でナンパする男「墓場の女 Les Tombales」①

 タイトルというのは小説の看板だから、物語を書く人は皆さんそれなりに考えてつけるのだろうと想像します。悩みに悩んでつける人もいるだろうし、インスピレーションでつける人もいるでしょう。タイプは様々でもやはりそこには思い入れがあるはずですよね。

 しかしここにそれをあまり感じさせない方がいまして。モーパッサンのことなんですけど。


 だいたい先生のつけるタイトルって、ほとんどが単語なんですよ。「手」とか「水の上」とか。そんな感じ。手抜きかっていうほど短い。これネット小説だったら絶対読んでもらえないパターンですよ。やっぱり何百本も小説を書いちゃうと題名を考えるのも面倒になるのかなあ。それはいいとして、困るのは短すぎて似たようなタイトルが複数あること。だからどの話がどれだったかごちゃ混ぜになる。まあ、故人に文句言っても仕方ないんですがね。


 で、今回の話もひとこと「墓」。日本語版は「墓場の女」。

 うーん、それだけじゃあねえ。怖い話かなんか?

 いえ、ホラーじゃありません。

 ラブコメです。


 話の語り手は40がらみのいい男(いつものパターン)。リッチでシックな独身貴族。口ひげも忘れないように。これあんたの話じゃないの? とモーパッサンに訊きたくなる。

 

 彼はパリの街を歩くのが好き。色んなものに目をとめながら、気の向くままに街を散歩する。暇人か。いや、金に不自由はないのだから、それぐらいの楽しみは許しておくれよ。

 あれは9月の中旬だった。僕は例によってあてどなくふらりと出かけたわけさ。もちろん素敵な女性のところにお邪魔するのも悪くないけどね(やっぱりあんたの話だな)、こんな気持ちのいい風が吹く爽やかな日は、ちょっと墓地にでも行ってみようかとモンマルトル墓地に足を向けたんだ。


 墓地ですか。オツですな。いや、実際、パリの墓地はなかなかいい散歩コースです。怖くないですよ。たまに苔が生えすぎてたり崩れかけてる石碑もあるけど、広々して木がいっぱいで、9月中旬なら最高に気持ちがいいじゃないですか。


 彼は墓地が好きだそうです。メランコリックな気分になれるとか、死人が地下にいっぱい眠っていると思うとゾクゾクするとか、美術館の作品にも勝る素晴らしい墓石があるとか、2ページぐらいに渡って墓地愛を語っていますが、この際それは飛ばします。まあお墓には人をちょっとセンシティヴな気分にさせるマジックがある。ということでまとめときます。


 さて、モンマルトル墓地には実は彼の元恋人が眠っています。彼は彼女の墓へ行き、昔を偲んでちょっとおセンチになったりしてます。そして、墓に別れを告げて立ち去ろうとした、その時。

 

 喪服姿の若い女がすぐそばの墓石にすがって泣いているのを発見します。ベールで顔を隠しているとはいえ、ブロンドの美しい女。その女が、初めはすすり泣き、そしてついには肩を震わせて激しく泣いている。彼女は男に気づき、ハッと顔を隠しますが、さらに泣き崩れ、動かなくなります。


 男は思わず女に駆け寄りました。すかさず墓石を見ると、ほんの数か月前に亡くなった士官の名前が刻まれている。そうか、この女性は夫を亡くしたばかりなんだ。なんと気の毒な……。


「ここにいてはいけません、さあ、行きましょう」

「ああ、でも私、動けないんですの」

「僕がお支えします」

「なんて優しい方。あなたも近しい人を想って泣きにいらしたの?」

「そうです」

「女性? 奥様かしら」

「いや、恋人です」

「妻も恋人も同じですわ、愛の情熱パッションに法律など関係ございませんもの」

「その通りです、マダム」


 なんてかゆい会話をしながら、二人は墓地の外へ。お茶でも飲んで休憩しましょうと入った店で、女は身の上話をします。男は彼女の悲しみと孤独に心を痛め、守ってあげたくなっちゃいます。で、タクシー(馬車)でおうちまで送ってあげます。

 

「あなたにお礼を申し上げたいわ。どうぞお入りになって」


 入っちゃうよね。もちろん。

 さあどうなるか……?

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